「子縁」でつながる秋津地域のお父さん 

2017年1月31日

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岸 裕司 (きし・ゆうじ)

秋津コミュニティ顧問

1952年東京生まれ。広告・デザイン会社の(株)パンゲア代表取締役、習志野市立秋津小学校PTA会長時に秋津コミュニティ創設、会長を経て現在顧問兼秋津小学校コミュニティルーム運営委員会顧問。文部科学省委嘱コミュニティ・スクール推進員、学校と地域の融合教育研究会副会長、埼玉大学・日本大学非常勤講師、ほか。著書に『「地域暮らし」宣言』『学校を基地にお父さんのまちづくり』(ともに太郎次郎社エディタス)、『学校開放でまち育て』(学芸出版社)など。

 毎年この時期は、PTAの役員選びなどが話題です。

 なかには役員の候補になり、憂鬱なかたもおいででしょう。

 そこで、秋津のお父さんたちが学校を活動拠点にして長年やってきたこと-その淵源がPTA改革にあったことを、当時の私の想いを中心に述べたいと思います。

PTAって何かヘン

 私は29歳で広告デザイン会社を起こした企業家です。

生活科で育てた苗を秋津祭りの会場の秋津小学校で売る子どもたち(狭義の学社融合)

 会社を興した当初、業界団体から入会の誘いを受けました。

 その際の判断基準は、会費分のメリットがあるのかないのかでした。

 メリットがありそうで入会しても、メリットを感じなければ退会しました。

 入退会の自由を自分で決めるということです。

 それが自律した大人の選択と思います。

 ところが娘が習志野市立秋津小学校の2年生で私が34歳の1986年の時、用務員さんの失職事件(詳細は『学校を基地に〔お父さん〕のまちづくり-元気コミュニティ!秋津』太郎次郎社・1999年刊に書きました)をきっかけに、PTAの役員になりました。

 その際に驚いたことは、役員やクラスの世話役などのなり手がなく、押し付け合ったりしていることでした。

 また誤解を恐れずにいうと、当時は子どもが幼稚園から小学校にあがった専業主婦の役員が多い時代で会合が昼間。

 なので、働く母親は「昼間では参加できない」と批判し、役員らは「仕事を理由に受けないなんてずるい」などとの対立がありました。

 いっぽう、教職員は、PTAの会員意識が薄く、メリットなどもほとんど感じていませんでした。

 PTAって何かヘン。

 嫌なら、メリットを感じないのであれば退会すればよいのに、との感覚が当時の私の想いでした。

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