ある成年後見人の手記

2017年8月11日

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松尾康憲 (まつお・やすのり)

ジャーナリスト

1953年生まれ。76年共同通信社入社。87年から2004年まで北京特派員、上海支局長、ハノイ支局長を歴任。現在は放送報道局委員。著書に『現代ベトナム入門 ドイモイが国を変えた』(日中出版)、共訳書に『中国の禁書』(新潮選書)、『性愛の中国史』(徳間書店) 

(iStock.com/Srisakorn)

 由利子が逝くことを考えねばならない日が到来した。14年3月14日、ハーネスト唐崎から妻に電話があり、由利子の発熱と食欲不振を告げられた。翌日、山口から夫婦で大津に赴き、「あかつき会」理事長の武田医師より説明を受けた。武田によれば、由利子は前日、37度の発熱と嚥下(えんげ)(飲み下し)困難の状態に陥ったが、認知症による暴れや叫びなど諸症状を抑える医薬の供与を控えたところ、快方に向かっている。

7月11日に満90歳を迎える身で認知症が進み、現在既に「人格が無い」状態にあり、今後、嚥下困難を再発する可能性は否めず、栄養失調を招来しかねない。点滴や鼻からの栄養補給は、由利子の抵抗から無理とのことだった。

 武田は私に、胃瘻(いろう)を用いるか否かを尋ねた。私は「成年後見人として医療行為を選択する権限はありません」と断った上で「姻族の甥として過度な延命治療は望みません」と申し添えた。武田は、余命がこの年の夏から年内にも尽きる恐れを指摘した。私は、率直かつ思い遣りある説明に謝意を示し、「その時のため、万端の準備を進めていきます」と述べた。

没後めぐり家裁に質問状

 武田との面談を終え、ほぼ1カ月ぶりに由利子を見舞うと、武田から聞いた通り、元気と食欲を取り戻し、薬が抜けたせいか、私たち夫婦も以前の面会の際よりも、よく認識できたように見受けられた。しかし、死が見舞った後に、成年後見人として何ができるのか、あらかじめ知っておかねばならない。神戸家裁後見センターに宛て14年3月27日付で質問状を書いた。

─―被後見人の近況の報告と今後の措置についての質問
 平成21年(家)第50774号事件で成年後見人に選任された松尾康憲です。
(中略=本文で紹介した経緯)
 最期を看取るという後見人として締めくくりの仕事が遠くないのかもしれません。
 由利子には実妹はじめ13人(注・14人と後日判明)の血族がいますが、私が後見人に選任される前に、この妹とその息子が見舞いに訪れただけで、他の血族とは全く没交渉です。私たち夫婦以外に見舞っているのは、既通知の通り、私の従兄弟夫妻2組だけです。このような状況ですので、悲報を受けた場合、私が、死亡届など諸般の法的手続きを履行し、葬礼を催し、埋葬し、遺産を貴裁判所に届けるしかないと思われます。疑問なのは、遺産の届け出以外の、行動をとる権限が、姻族で成年後見人の私にあるのか否かという点です。万一の場合、早急な対処を余儀なくされるので、是非とも確認しておきたく存じます。
 権限上の問題が解決されるのであれば、当面しておきたいことが2つあります。①由利子の夫、松尾行人(私の亡父、等の実兄)の遺骨が神戸市の摩耶山天上寺に葬られており、由利子が逝った場合、合葬していただけるよう事前に話をしておく。また、私が後見人という条件下で、お布施にも領収書をいただけるよう、特にお願いしておく。②由利子が元気な内に、従兄弟夫妻2組を呼び寄せ会わせておく。
由利子の資産は現在1800万円余りあり、問題はありません。以上、諸般の事情を考慮の上、適切な指示をお願いします。―─

 私の質問状のどこかに、落ち度があったのだろうか? とんでもない返信が届いた。神戸家裁後見センター書記官の4月3日付「事務連絡」は次の通りだ。

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