『いわきより愛を込めて』

2017年8月23日

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山田清機 (やまだ・せいき)

ノンフィクションライター

1963年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、鉄鋼メーカー、出版社勤務を経て独立。著書に、『中国ビジネスは俺にまかせろ 上海の鉄人28号古林恒雄』『東京タクシードライバー』、『東京湾岸畸人伝』、『伝説の保育士 のりこ先生の魔法の言葉』などがある。

 JR常磐線の湯本駅付近からいわき市の中山間部を貫いて石川郡石川町へと続く御斉所街道(県道14号線)沿いに、上遠野(かとうの)という地区がある。かっぱで有名な岩手県の遠野市ではなく、福島県にある遠野町の地名である。

豊間小学校の屋上からは太平洋が見える

 上遠野出身の知人によると、そこは小高い山々と田畑が入り組んだ濃やかな地形を持ったいわゆる里山で、特に、上遠野から少し奥へ入った入遠野(いりとうの)の田植えの季節の風景は、「日本の原風景」のひとつと言っても過言ではないほどの美しさだという。

 私は、この「日本の原風景」という言葉に強く惹かれてしまい、一度、訪ねてみたいと思っていたのだが、ちょうど田植え直後のタイミングで件の知人が帰省するというので、それに便乗して上遠野と入遠野を案内してもらうことにしたのである。

 知人の名前は猪狩暢子さんという。「猪狩」は福島にたくさんある姓だが、猪狩さんのご先祖は、本当に殿様の猪狩りに同行して一番大きな猪を仕留めて猪狩姓を賜ったそうである。

 私は富岡町周辺で何度か猪を目撃したことがあるが、大人の猪は筋骨隆々としていて想像よりもはるかに獰猛な印象だった。あれを仕留めたというのだから、猪狩さんのご先祖は相当に勇敢な人たちだったに違いない。

 猪狩さんは、磐城女子高校(現・磐城桜ヶ丘高校)を卒業するまでを上遠野で過ごし、現在は東京の出版社にお勤めである。何冊ものベストセラーを生んだ辣腕編集者であると同時に、750ccのバイクを乗りこなすライダーでもあり、アメリカの大学で学んだ国際派でもあり、故郷いわきを愛することにおいて決して人後に落ちることのない、いわき人でもある。
 
 “便乗”には、猪狩さんお勧めの「日本の原風景」を眺めることの他に、もうひとつの目的があった。それは、西川珠美さんに再会することである。

 西川さんは東京都大田区の出身。東京都市大学の環境エネルギー工学科で原子力の研究をした後、双葉郡川内村に設置された福島大学のうつくしまふくしま未来支援センター(サテライト)のスタッフとして働いていた人物である。昨年1月に一度インタビューをしているのだが、風の噂に、昨年末結婚していわき市で暮らしていると聞いて、再度、インタビューを申し込んだ。

 前回のインタビューで西川さんの「川内村愛」が、猪狩さんの「上遠野愛」に負けず劣らず熱いものであるのはわかっていたが、果たして、結婚をして福島に定住する決心を固めたのか否か、現在の心境を聞いてみたくなったのである。

「いままさに帰省している気分」

 一行は猪狩さんと編集者2人と私の計4名。常磐線のいわき駅で猪狩さんと落ち合って、まずは、いわき市平薄磯にあるいわき市立豊間小学校へと向かった。猪狩さんは震災からの復興を支援する活動で何度も同校を訪問しており、この日は校長先生と面談の約束があった。そこに、お邪魔させていただくことにしたのである。

 いわき駅から平薄磯までは車で30分ほどかかる。道中、なぜだかわからないが、猪狩さんに「いままさに帰省している気分」を聞いてみたくなった。それは私が、故郷と呼べる場所を持っていないからかもしれなかった。父親の転勤途上で生まれた私には、生まれた場所はあっても故郷はない。だから、「帰省している気分」というものがよく分からないのである。

 「うーん、私も18歳までしか居なかったから……。私自身はどこにでも住める人間だと思うけれど、原発事故が起きた当初は故郷が消滅してしまうんじゃないかと思って、自分の土台が揺らぐ感じがしましたね。知り合いの人から、『なんで福島の人は福島から逃げないんですか』って聞かれた時は、福島を離れられない人の気持ちもわかるって思いましたよ」

 故郷を飛び出したまま「鉄砲玉のように」、世界中を駆け回ってきた猪狩さんだが、帰省すると「地縁、血縁の心地よさ」を強く感じるという。その一方で、人間関係の煩わしさも感じなくはない。

 「昔、オートバイに乗って上遠野の実家に帰ったら、母が近所の人に見られるから裏口に回れって言うんですよ。でも、そう言われた時にはすでに、近所のおばさんが玄関から顔を出してこっちを見ていましたね(笑)」

 私のような人間は、その昔「デラシネ」と呼ばれたらしい。デラシネ=dracine=故郷喪失者である。いや、故郷を失ったというよりも、そもそも故郷がないのだ。故郷を持たない人間は、地縁・血縁の心地よさも知らないし、地縁・血縁の煩わしさも知らない。

 そんな人間に、故郷が消滅するかもしれないという感情を理解できるのかと言われたら、まったく自信がない。

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