したたか者の流儀

2017年10月6日

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パスカル・ヤン (Pascal Yan)

著述家

著述家。ルーヴァン・カトリック大学大学院中退(ベルギー)。証券マンとして25年間、欧州を中心に海外で過ごす。現在の職業は都内大学教授。

 

人寄せパンダ、田中角栄

 コール同様に、不遇な晩年となった大物政治家も何人かいる。「人寄せパンダ」という言葉もよく使っていたが、この言葉はいまだに健在だ。夏の暑い時期には、あの日を思い出す。

 調べると田中角栄逮捕は1976年の7月のおわりだ。目白の自宅から東京地検、小菅の東京拘置所へのドライブをしたのが年齢をみると58歳と出ていた。地検までは隠密であったと思うが、その後はヘリコプターが追ったのであろう、車の走行シーンが記憶にある。さすれば、58歳以降苦渋の人生であったことであろう。

 病や、政治問題で舞台から消えたコールや田中角栄は自業自得ともいえるが、冷戦終結の立役者であったゴルバチョフのその後は別のスタイルがあった。

 ソ連のゴルバチョフが、高級ブランドの宣伝に出ていて目を疑ったことがある。元々、ほほえみに愛嬌のある人だったので、こんな技が使えたのだろう。その頃、友人から羨ましい話を聞いたのだ。ある外資系の金融機関にプライベートディナーに招待されたら、ゴルバチョフが来ていたというのだ。何を話したかは忘れたが、後に写真が届いたといって自慢していた。さらに、追い打ちをかけるように、セレブの結婚式にゴルバチョフがお供え餅のように来ていたという話まである。

 欧米の政治家は豊かな年金生活が可能な金額を受けとれたのであろう。一人ゴルバチョフだけがルーブル急落で年金額数千円となってしまったと読んだことがある。

 サッチャーもレーガンも名を残しているが、共に認知症やアルツハイマーに罹ったとはいえ、破産や逮捕の恐怖はなかったので幸せな政治家人生であったのだろう。

 特に、レーガンは、原子力空母の艦名となっている横須賀にいる。最近の騒ぎで、遠方からやって来た「カールビンソン」は80年代の有名映画「トップガン」の舞台で、1980年進水だそうだ。逆算すると、あと30年は「レーガン」の名をよく聞くことになる。

 フランスのミッテランも、本当は東西ドイツ統合の動きを排除すべく動いた気配があるが、最後にはコール・ミッテランでEU統合まで成し遂げ、二人でお手々をつないだ写真を世界中にばらまいている。

 大統領二期目の任期が終わると直ぐに、癌治療停止という形で自らの命を絶った。達成感はあったであろうが、全て綱渡りの人生と政治であった。フランスでよくある地名に自分の名を使うことを禁じて亡くなったが、本好きなので国立図書館にその名を永遠にとどめており、本当はうれしいに違いない。

 バブルを知る人が存命のうちは、同じバルブは発生しないという言葉があるが、戦争を体験した政治家が更に長生きしてほしいものだ。

  
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