2024年4月27日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2018年7月7日

「日本文学」を舞台に活躍する台湾出身者

 日本の文学における台湾出身者の活躍も見逃せない。台湾に出自を持つ作家が日本語を自らの言葉として作品を発表してきた葛藤は、台湾人/日本人(=非台湾人)という境界の曖昧さを否が応でも浮き彫りにする。

 著書『真ん中の子どもたち』が2017年の芥川賞候補作に選ばれた温又柔は中国語・台湾語・日本語──複数の言語が交錯してきた自らの生い立ちの中で直面したズレの意識を作品へと昇華させている。彼女の文章を紡ぎ出す営為そのものが、「母語」とは何か? 日本人/台湾人の区別は自明なものなのか? と鋭く問いかけている。彼女は「在日台湾人作家」と呼ばれることもあるが、「日本にいる日本人はみんな在日じゃないですか」という発想が面白い。

台湾文化センターで行われた出版記念セミナーで対談した温又柔氏と野嶋剛氏(2018年6月24日、編集部撮影)

 彼女と同じく、台湾出身作家として2015年に『流』で直木賞を受賞し注目を浴びる東山彰良は外省人であり、父の王孝廉も台湾では著名な文学者であった。ペンネームの東山は祖父の出身地である山東省をひっくり返したもの、また彰良の彰は幼少時を過ごした台湾・彰化に由来するというから、ペンネームそのものが彼のハイブリッドな来歴を示している。ただし、彼は台湾語をほとんど話せず、台湾本土化の潮流には取り残されたような孤独感を味わっているようだ。本省人家庭に育った温又柔は、東山とは出身背景が対照的だが、それでも東山を「哥哥(お兄さん)」と呼んで慕っているというのが微笑ましい。

 日本統治時代に生まれた二人の作家、陳舜臣と邱永漢の来歴はそれぞれ謎めいて見える。陳舜臣は日本国籍→中華民国(台湾)籍→中華人民共和国籍という変遷を経た上で、1989年の天安門事件を目の当たりにして中華人民共和国籍の放棄を決断した。その後は日本と中華民国の二重国籍状態だったようだが、国籍問題の複雑さのみならず、こうした変転について陳舜臣自身はどのように感じていたのか気にかかる。

 邱永漢は「金儲けの神様」(実際にはかなり失敗もしているようだが)として知られるが、直木賞作家でもあり、若い頃に発表した作品には台湾独立運動に関わった体験が色濃くにじみ出ている。後に国民党政権と和解、さらに改革開放後の中国へ積極的な投資活動も展開したため、台湾独立運動からすれば裏切者ということになる。ただ、邱永漢には容易にその内面へと迫りきれない、どこかニヒルな深淵も感じられる。本書でも時折言及される王育徳との関係も含め、改めて研究されるべき人物であろう。

 「タイワニーズ」は決して一くくりにはできない。どの人物に焦点を合わせるかによって見え方も違ってくるだろう。本書は複数の独特な個性を並べ、エピソード豊かに語りつつ、台湾をめぐる現代史の大きな流れを立体的に浮かび上がらせている。

黒羽夏彦1974年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。出版社勤務を経て、2014年より台南市在住。現在、國立成功大學文學院歷史研究所(大学院)在籍。東アジアの近現代に交錯した人物群像に関心を持ち、台湾に視点を置いて見つめ直したいと考えている。

  
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