児童書で読み解く習近平の頭の中

2018年10月11日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

一夜にして金儲けに狂奔した「昨日までの文革戦士」

 毛沢東の死、そして文革の終焉によって、毛沢東思想に基づく医療・健康関連書の出版の動きも見られなくなるが、“最後の雄叫び”とでもいえそうな『冷水浴 空気浴 日光浴』(人民体育出版社 1977年)を紹介しておきたい。

「紅旗靡き、歌声高く、千軍万馬は冬の大河を渡る。東風に乗り、激浪を迎え、波と戦い闘志は昂まる。水の冷たさなんのその、胸に抱くは耀く朝日、寒流恐れぬ熱き血潮、光輝に満ちた若さの光芒。前進、前進、また前進、毛主席が拓いた耀く航路(みち)を勇進すれば、我らを阻むものは無し。毛主席が拓いた耀く航路(みち)を勇進すれば、我らを阻むものは無し。勝利は我らの前方に」というのは、この本の裏表紙に記された「冬泳之歌」の1番の歌詞だ。おそらく文革によって中国全土が熱狂の坩堝と化していた当時、“革命的人民”の多くがこの歌を大声で唱いながら、寒中水泳を愉しんだ(強いられた?)ことだろう。

「体育鍛錬方法叢書」の一巻として編まれたこの本の「前言」によれば、「空気と日光と水は無尽蔵の天然資源である。人々は長期に亘る自然界との闘争の過程で、この3種の自然物質を利用して身体を練磨し体質を強化し、それを『冷水浴 空気浴 日光浴』とも、『自然力鍛錬』とも呼んできた。この3種の鍛錬は特殊の場所や器材を使うことなく、空気、日光、水に関する一般的知識さえあれば鍛錬の要領と方法をマスターできる。よって簡便このうえなし」。「長年に亘る諄々たる教導に加え、長江で悠然と泳ぎを愉しみ冬の邕江を泳ぐ毛主席の偉大なる実践に鼓舞されて、広範なる労働者・兵士・農民大衆は革命のために体育鍛錬を進め、また多くの人民が長期に亘って冷水浴、空気浴、日光浴を励行し、心身を鍛錬し、健康を増進させ」てきた。

 それというのも、「社会主義の革命と建設に積極的に貢献するためには、たとえば厳寒に渡河し、敵を殺して勝利し祖国防衛に努め、燃え滾る溶鉱炉を前に炎熱を恐れず生産任務を完遂し、祖国を建設しうるような頑健で暑さ寒さを恐れない健全な肉体を、我われは必要とするからだ」。

 以上の観点に立って、この本は冷水浴、空気浴、日光浴に加え、熱水浴、海水浴、泉水浴、熱冷浴など各種水浴の方法、効能、注意点などを詳細に解説している。

 たとえば全身の神経系統だけでなく、呼吸器官や消化器官の功能を高める冷水浴に関しては、「神経系統は人体の一切を司る司令部であり、常に冷水で身体を刺激することで条件反射機能を活性化することが可能であり、外部から寒冷という刺激を受けることで大脳は昂揚し、直ちに全身の各器官を統御する。各神経系統は熱を発散するなどの活動を活発化することで体の抵抗力を高め、全身のすみずみまで鍛錬され頑健さを加える」とされる。

 冷水浴を実行するに当たっては、水温が低ければ低いほど冷水と接触する皮膚面積は広くなり、実施時間が長いほど強烈な反応が得られる。冷水浴には顔面浴、足浴、摩擦浴、沐浴、侵浴、天然水浴、寒中水泳などの種類があるそうだ。厳寒での水泳には「強靭な意志がないと水に入れない。偉大なる毛主席は『決心さえすれば断じて冷たくない。決意を固めなかったら20数度でも冷たいのだ』と指摘しておられるが、水に入ることは思想的にいえば闘争でもある。水に入ってじっとして短い呼吸を繰り返すことで、大きな決心と勇気が湧いてくる」。

 この本が出版された翌(1978)年末には鄧小平に率いられることになる共産党政権は毛沢東路線を全面否定し、対外開放による経済成長路線に国政の舵を大きく切った。昨日までの文革戦士は、一夜にして金儲けに狂奔することになる。であればこそ毛沢東思想に導かれた安価な文革式治療・健康路線が忘れ去られたとしても強ち無理な話ではないだろう。

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