From NY

2019年1月24日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『銀盤の軌跡』(新潮社)などの著書もある。

 ニューヨークの歴史を湛えた灯がまた一つ、消えていった。

 日本の観光客にも人気が高かった高級デパートメントストア、ヘンリー・ベンデルが1月17日を最後に五番街のフラッグシップストアのドアを永遠に閉じ、123年続いた店の歴史に幕を下ろしたのだ。

(写真:Barcroft Media/アフロ)

 ヘンリー・ベンデルは、ニューヨークに来たファッション好きの観光客なら必ず買い物に立ち寄る人気の店で、こげ茶と白のストライプの包装がトレードマークだった。

 2018年9月、今年の1月に閉店することが発表され、驚いたファンたちが押し寄せた。当初1月19日だった閉店予定が2日ほど早まったのも、残った商品が売り切れてしまったためなのに違いない。

ルイジアナ出身の帽子屋からはじまった

 ルイジアナ州ラファイエット生まれの帽子屋、ヘンリー・ベンデル氏がニューヨークのグリニッジビレッジに最初のブティックをオープンしたのは、1895年のことだったという。

 1907年に、ベンデル氏は茶と白のストライプを店の包装デザインに起用してヘンリー・ベンデルの名前を商標登録し、アメリカ初のブランドになったのだ。

 1913年には五番街の57丁目に店を移して、衣料、バッグ、アクセサリーなどファッション全般に商品を増やした。

 ファッションショーを催し、いち早くフランスからココ・シャネルの商品を輸入し、また店内に訪れた顧客にメーキャップをほどこすなど、アメリカ国内で初の試みを次々と取り入れて、流行の最先端をきった。

ベンデルを立て直した女社長

 ベンデル氏から甥へと引き継がれていったこの店だったが、1957年に社長として白羽の矢が立てられたのは、ジェラルディン・ストゥッツという元ファッションライターだった。

 イズラエリ・ミラーという靴の会社の副社長時代に、デザイナーにアンディ・ウォーホールを起用した立役者として、一躍業界に名を轟かせた女性である。

 不審だった売り上げを、3年の間に黒字に転換するという条件で雇われた彼女は、1964年には10%利益を伸ばし、1967年までには売り上げを倍に伸ばすという手腕を見せた。彼女は後に投資家の協力を得てヘンリ・ベンデルを買収し、自ら30%の株主にもなった。

 ストゥッツは才能ある新人デザイナーを見つけ出す天才と言われ、ソニア・リキエル、ペリー・エリス、ラルフ・ローレンらも、彼女によっていち早く世の中に紹介されたデザイナーたちだった。

 1960年代には、アンディ・ウォーホールをデパートお抱えのイラストレーターとして起用したというのも、今では伝説化した逸話の一つである。

 「単なるファッション(流行)と本物のスタイルの違いは?」と聞かれたストゥッツは、「流行とは『私も』で、スタイルとは『私だけ』の違いね」と答えたという。

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