WEDGE REPORT

2012年1月18日

»著者プロフィール

 深さ8000メートルの海に潜り、深海の様子や生物を撮影し、海底の泥を採取してくる探査機を下町の中小企業が造る。気宇壮大なプロジェクトが、2011年10月末、本格的にスタートした。事の発端は、従業員5人の町工場の経営者のヒラメキからだった。5年ほど前、東大阪の中小企業が人工衛星を打ち上げようとしていることを知り、「向こうが空なら海に行こう。深海資源などを調べる探査機を作ることができないか」と考えたのが、杉野ゴム化学工業所(東京都葛飾区)の杉野行雄社長。このアイデアを、中小企業を経営する仲間に話したが、「無理だろうね」と、取り合ってもらえなかった。

 それから数年が経ったあるとき、杉野氏は東京東信用金庫の支店長と雑談中に、かつて思い描いた深海プロジェクトの話をした。意外にも支店長が話に乗ってくれた。そこから芝浦工業大学の研究者、深海探査機「しんかい6500」を運用する海洋研究開発機構(JAMSTEC)の担当者へとつながった。

 早速、横須賀にあるJAMSTEC本部に見学に出かけた。海底探査の各種機器の部品を見ながら、「技術的には努力すれば作れるレベル。それなのに海外製品の寄せ集めで、どうして日本製のモノがないのか」と、杉野氏は腹が立ってきた。探査機は量産品ではないため大手は手を出しづらい。「一品モノは自分たち町工場の得意技。絶対にチャンスはある」と、確信を強めた杉野氏は、帰って仲間に報告。さらには、東大阪宇宙開発協同組合の理事長を招いて勉強会も行った。

 冷ややかだった仲間も一変して、「町工場の技術を見せてやろう」と16社が賛同してくれた。「江戸っ子1号」プロジェクトという名前も決まった。話はとんとん拍子に進むかに見えた。ところが、開発費を見積もると、出てきた数字は1億円。賛同メンバーの腰は一気に引けた。

狙いを絞ることで実現したチャレンジ

 仲間の多くは去り、2社まで激減した。そんなときに新たなアイデアを出してくれたのが、JAMSTEC海洋工学センターの土屋利雄博士だった。「リモート型の探査機はコストがかかるし、海外メーカーがデファクトを握っている。目的を絞ることでコストを下げると共に、これまでにない探査機を作ればいい」。

杉野氏とガラス球(右)、探査機の模型(左)。饅頭型の赤いゴムは間仕切り用の台。先の震災でも活用された杉野氏の発明品。

 そこで考えたのが、深海係留ブイなどに使われている市販の耐圧ガラス球を使った探査機だ。ガラス球のなかに、3Dカメラ、無線機、バッテリーなどを積み込み、船で目的地まで運び、落下させる。撮影や泥の採取が終われば、錘を外して浮上する。自走する機能などを省いた結果、開発費は2000万円まで落とすことができた。開発費が現実的になると、新たに2社が参加することになり、4社を核にプロジェクトがスタートした。ゴムのクッション材、泥の採取、非接触の充電器、通信機器について「それぞれが技術を持ち寄って開発を進める」(杉野氏)。

 JAMSTECとも共同開発を行うことになった。土屋氏は「これまでの海洋開発は、こちらがお願いして技術協力をしてもらうことが多かったが、外部からの協力要請は珍しい」と、期待を寄せる。

 これまでも、JAMSTECが中小企業に技術開発を頼むことはあったが、その後、企業が技術を海外に売り込むことはなかった。今回は、12年中に試作品を完成させ、実用化の暁には世界への売り込みも狙う。

 杉野ゴムは「誰も進出していなかった」90年代初頭に自社の生産設備を中国に移し、建機向けのゴムを生産している。事業は好調で、現在増設を検討しているという。リスクをとった結果が今の成功につながったのだ。杉野氏は江戸っ子1号にも同じ期待を抱いているに違いない。

◆WEDGE2012年1月号より


 




「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。

関連記事

  • PR
  • 新着記事

    »もっと見る