ルポ・少年院の子どもたち

2014年9月5日

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 質疑応答ではウィルチェアーラグビー用の車椅子のことやパラリンピックの質問の他に、「辛い時の頑張り方」や「人とのコミュニケーションの取り方」など活発な質問が溢れた。三阪はそれらの質問の一つひとつに「辛い時は一番辛かった時のことを思い出して、あれを乗り越えたのだから今度もきっと乗り越えられると思って頑張っている」、また「人とのコミュニケーションでは相手を知ろうと努力することが大切であり、そのためには相手の目を見て話すこと、そして相手が何を考え何を伝えようとしているのかを理解し、自分の思いを伝えること」と言葉を選びながら丁寧に答えていった。また、矯正施設という特殊性ゆえか、練習中の事故ではあるが「加害者のことをどう思っていますか」というものもあった。こうした質問はまず他の講演会場では出ない質問である。

少年院と社会を繋ぐ「接点」

 本稿冒頭の三阪の言葉にもあるが、きっと誰もが少年院に対して歪んだ先入観を持っている。筆者も2009年ラグビー元日本代表の故石塚武生氏のスタッフとして水府学院に入る以前は、三阪と同様の先入観を抱いていた。しかし、石塚氏の話を聴きながら涙を流していた少年を見たときに見方が少し変わった。その半年後、石塚氏がお亡くなりになられた後に、石塚氏がどんな思いで少年たち全員から体当たりを受けていたのか話をしたときに多くの少年たちが涙を流した。

 その石塚氏の思いとは「絶対に腐って自分を粗末にしてはならない。人に喜ばれることを自分の喜びとしよう。奉仕の精神、自己犠牲の精神を持っている限り、人に愛され社会に信頼され、天が味方についてくれる。人生は逃げることなく、まっすぐに思い切りぶつかって行くことによって拓かれる」というものだ。

 全員から体当たりを受けた身体は上半身が痣だらけになり、帰り道の車の中では胸を押さえて苦しむほどだった。

 平成25年度の犯罪白書で、近年の少年院の入院者の人員における人口比を見てみると平成14~15年をピークに減少している。ただし、14歳未満の少年を含む低年齢の犯罪は横ばい傾向にあるようだ。

 複雑化、多様化する社会の中で家庭や生活習慣、また学校など子どもたちを取り巻く社会が変わってきている。それだけに問題点も多様であり、一朝一夕に何かを改善できるとは思えないが、少年院に指導や取材で行くたびに人や社会の基盤は家庭にあることを再認識させられる。

 以前のレポートにも記したが、少年それぞれに個別の教育計画が立てられ「1年あれば見違えるように成長する」ことを教官たちは実感していると書いた。しかし、少年たちの成長をそのまま社会で活かせるかは別の問題であるように思える。個々の成長を活かせるような少年院と社会を繋ぐ接点のようなものが必要ではないかと思う。少年たちを社会に復帰させるまでの課題は多いはずだ。再犯をさせないための工夫は足りていない。


三阪洋行 プロフィール
1981年大阪府東大阪市に生まれる。
ウイルチェアラグビー日本代表副将。HEAT(大阪)所属。布施工業高校ラグビー部3年生の時に、練習中の事故で頸椎を損傷し車いす生活になる。8カ月間の入院生活のあとに車いすラグビーと出会う。2002年に「自分を変えたい」とニュージーランドに4カ月ラグビー留学。2010年、サウスオーストラリア・シャークスに所属しオーストラリアリーグに参戦。日本代表として2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンのパラリンピック3大会連続出場を果たす。
2011年バークレイズ証券入社。2014年アジアパラリンピックでは日本代表のアシスタントコーチとして臨む。


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