「呟く市長」は何を変えようとしているのか

2014年12月10日

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――そんなショック療法を行いながらも、2013年5月の市長選で再選されました。これは市民の理解が得られたことの表れでしょうか?

熊谷:少なくとも私が思っていたよりは、はるかに皆さんが理解をしてくださったと感じます。正直にいえば、もう少し反発があることを想定していました。大変にありがたいことだと思いますね。

 たとえば市が配布する「市政だより」の市長メッセージの原稿も私が書いていますが、いざ書くようになってみると反響も大きく、高い関心を持って読んでくださっていることがわかりました。従来の市政だよりはソフトで当たり障りのない内容でしたが、私は財政状況といった少しハードなトピックを多めに、なるべくわかりやすく作るようにしています。ツイッターやブログなどの電子媒体だけでなく紙媒体、さらに対話会などの議論の機会もできる限り設けて、まだまだ不完全ではありますが私の思いを伝えています。

「年貢」から「共益費」へ

――熊谷市長のツイッター活用は広く知られるところですが、そこで起こった二つの議論、「蜂の巣論争」と「学校教室エアコン設置論争」は大きな話題を呼びました。蜂の巣の駆除については「すべての市民のすべての要求に応えることが市政ではない」という考え方を投げかけ、学校教室へのエアコン設置についてはすでに進められていた耐震化等の予算との比較を示しつつ優先順位を議論するなど、ある意味で「耳に優しくない」対話を丁寧にされている印象が残っています。国政であれ地方自治であれ、政策には予算制約があり、受益と負担の原則があるということは、知識として理解はされていても当事者になると消えてしまう認識なのかも知れません。

※参照:
・隣の家の蜂の巣は誰が駆除すべきか? ~千葉市長と市民の討論
http://togetter.com/li/305177
・千葉市、小中学校エアコン設置論争
http://togetter.com/li/685425

熊谷:「年貢感」なのだと思うんですよね。よくわからないまま巻き上げられて、見えないところで無駄遣いもされて、よくわからないまま分配される。この関係性に慣れてしまっているのではないかと考えています。

 税金はあくまでも自分たちのお金であり、自分たちの世界を運営していくための「共益費」なんです。年貢から共益費に意識を変えられるかどうかが、真の民主主義への試金石なのだと思います。多くの方の意識は残念ながら、いまだに年貢なのでしょう。それは国や自治体が、皆様からお預かりした税金の使い方をブラックボックスのなかで決めてきたことの表れだと思うんですね。

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