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2014年12月19日

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小泉悠 (こいずみ・ゆう)

財団法人未来工学研究所特別研究員

1982年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。民間企業を経た後、2008年から未来工学研究所。09年には外務省国際情報統括官組織で専門分析員を兼任。10年、日露青年交流センターの若手研究者等派遣フェローシップによってモスクワの世界経済・国際関係研究所(IMEMO)に留学。専門は、ロシアの軍事・安全保障政策、軍需産業政策など。著書に軍事大国ロシア』(作品社)、『プーチンの国家戦略』(東京道堂出版)『ロシアの軍事情報を配信するサイト「World Security Intelligence」(http://wsintell.org/top/)を運営。

神話4:ソ連時代の飛行場や海軍基地を再開・近代化し、レーダー基地ネットワークを発展させる計画は、北極におけるロシアの軍事力建設の一部である。

実際には、これらの計画は2つの目的を有している。一方において、これらの計画は、近代化を進めるロシア軍に、それに見合ったよりよいインフラを提供することを目的としたものである。他方、再建・新設されるインフラは、民間向けにも活用される。これは北極海での捜索救難(SAR)に関する2011年の国際合意と北極における石油流出対策に関する国際合意(2013年)に関する国際合意を履行するためのものである。北極沿岸の新たなレーダー基地、飛行場、SARセンターは、(ロシア周りの)北方航路及び(北極点を通過する)中央航路のさらなる発展にも寄与しよう。(後略)

「既存の兵力の更新」では片付けられない面も…

 以上の論考に関して目につくのは、あくまでも北極でロシアが進めている軍事力の近代化はすでにロシアが確保している権益の保護を目的としているのであって、「勢力圏」の拡大を意図したものではないし、その内実はすでにある軍事力・軍事インフラの更新にすぎないという主張である。これは部分的に真実であって、ロシアが進めている戦略核戦力の近代化は、老朽化した弾道ミサイル原潜の更新用であることはたしかである。現在、ロシアが整備している8隻のプロジェクト955型弾道ミサイル原潜すべてが就役しても、既存のプロジェクト667BDR型(デルタⅢ級。3隻すべてが太平洋艦隊配備)とプロジェクト667BDRM型(デルタⅣ型。7隻すべてが北方艦隊配備だが、いずれも近代化改修を受けて2020年代末まで現役に留まる見込み)の規模を大きく上回ることは無いし、規模はやや縮小さえするだろう。

 ただし、本稿の冒頭で紹介したように、ロシアは北極圏の海上で行動可能な艦艇や対艦ミサイル部隊、戦闘機部隊の配備を進めており、これは単に「既存の兵力の更新」とは片付けられない。北極旅団についても、他の北極沿岸諸国が整備している大隊規模の部隊と比べると規模・数よりずっと大きい。

 さらに言えば、北方艦隊OSKを設立し、これを2017年に北方コマンドへと改編するというのは、明らかに北極を新たな重要正面としてロシアが認識しつつあることにほかならないと考えられる。

 たしかに両名が主張するように、北極で大規模な紛争が発生するとか、この地域で攻勢的な軍事行動をロシアが行おうとしているわけではないことはたしかであるにせよ、他国に例を見ない軍事力近代化を進めていることは事実であり、上掲の論考はこの点をかなり過小評価しているとの感が拭えないのである。前回の小論でも紹介したように、ロシアは北極に米国のミサイル防衛システムなどの軍事的プレゼンスが進出してくる可能性を以前から懸念しており、こうした脅威に対する一種の接近拒否(access denial)能力を獲得しようとしている、という視点がここからは(おそらく意図的に)抜け落ちている。

 SAR能力についても、これを主管しているのはロシアの非常事態省であって、国防省が進めているのはより軍事的な目的を持った捜索・監視システムであると考えるべきであろう。

 ロシアの行うことをなんでも軍事的野心に基づいたものと解釈するのは論外としても、である。

 もうひとつ、上掲の論考に関して興味深いのは、北極圏での軍事行動はロシアのみならず中国の軍事的コミットメントをも引き起こすとしている点である。ロシアは他の北極沿岸諸国と同様、北極の問題は沿岸諸国のみで解決するとの立場を堅持し、南極のように域外国も巻き込んだ国際的枠組みで管理することには否定的であった。

 にもかかわらず、北極の専門家である両名が、当事国として中国(中国は北極評議会のオブザーバーではあるが、日本や韓国も同様の地位を有している)を持ち出してくるのは、他の北極諸国がいずれもNATO加盟国であって、ロシアは劣勢にあるという意識を反映しているように見える。

 これまでロシアは中国の北極進出にも警戒的な姿勢を示して来たが、北極における抑止力でも中国のプレゼンスに対する姿勢が変化するのか否か、注目されよう。 

  
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