ブルキナファソ見聞録

2015年1月14日

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岡田綾 (おかだ・あや)

JICA職員

1982年兵庫県西宮市生まれ。小学校6年生のときに阪神・淡路大震災を経験。2005年京都大学文学部社会学科、2007年同大学大学院地球環境学舎環境マネジメント専攻修士課程修了。環境やコミュニティ防災について学ぶ。就職活動では、「その人自身のせいではないが、理不尽な境遇におかれてしまった人のために仕事をしたい」と考え、他の関心事項であった「途上国・国際協力」も満たす組織として、独立行政法人国際協力機構(JICA)を志望し、2007年入構。地球環境部、広報室などを経て、アフリカ勤務を希望し、2012年12月よりブルキナファソ事務所に赴任。

■10月21日:憲法改正法案の閣議了解
→これにより、議員の3分の2以上の賛成があれば、憲法改正が可決される。否決の場合も、コンパオレ大統領は国民投票の実施により憲法改正の実現を果たそうとしていた。反対派は、国民投票の実施そのものにも反対、憲法改正に反対するデモは2014年に入ってから複数回行われていた。後日、国会審議を10月30日に実施する旨の政府発表がなされた。

■10月28日:野党の呼びかけによるデモ
→大規模ながら、大きな混乱なく、平和裏にデモを実施。

国会議員が審議前日に宿泊し、30日に大規模な襲撃を受けたホテル。写真は受付だがホテル全体が同様の状態

■10月29日:翌日の国会審議の時間を16:00から10:00に変更するとの政府発表。国会議員が円滑に国会入りできるよう、すぐそばのホテルに宿泊する情報が流れる。(翌日、このホテルは大規模な襲撃に遭う)

■10月30日:朝8:00よりデモ隊集合。9:30には国会議事堂での火事が発生。朝から大規模な衝突が起き、国会付近での衝突から、デモ隊は徐々に大統領府の方向へ進み、市内各地(与党本部、政府と繋がりの深い関係企業や関係者宅など)への襲撃が発生。大統領は、法案審議の断念、内閣総辞職、国会の解散などを発表。夕方、軍が政権の掌握を表明し、暫定政府設立を発表。大統領は自身の去就には言及せず、野党の反発は引き続き強い。

■10月31日:朝8:00より抗議デモ。大きな混乱には至らず。11:00頃、大統領辞任の第一報が流れる。13:00頃、大統領辞任。すぐにワガドウグを離れる。その後は、暫定政府の設立に向けて、軍を中心とする多数の関係者による交渉が継続される。

クーデターか、市民革命か

大きな被害を受けた国会議事堂

 憲法改正案の国会審議が決定してからというもの、反対派の声はますます大きくなっていたが、危険を強く感じさせるほどのものではなかった、というのが正直な感想である。28日のデモが秩序を保ったかたちで実施され、やはりブルキナファソ国民はこうなのだなと思ったものだった。いつものように仕事をし、夕方、出先から帰る時に町の様子を見ても、普段と何も変わりない。

 もちろん平和裏に政権移行が進む事が望ましいのだが、市内のあまりの落ち着きぶりに、人々がどこまで本気でこの27年間からの脱却を願っているのかわからなくなり、30日はただ淡々と過ぎて行くのだろうかという気持ちになった。2014年になってからは特に、町のあちこちで大統領は代わるべきだ、という声を聞くようになっていたし、デモに参加する人数も増えていたし、ただ、常に、何かこれをもって本当にブルキナファソが大きく変わる、という予感はまだまだ少なかった。安全面での警戒こそすれ、一番の焦点は2015年だ、と。

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