WEDGE REPORT

2016年7月17日

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 トルコで15日に起きたクーデター未遂事件は経済成長と安定をもてはやされてきたエルドアン政権を大きく揺さぶるとともに、同盟国として信頼を置いてきた米欧にも衝撃を与えた。事件には不透明な部分が多いが、権力を掌握し、独裁傾向を一段と強めるエルドアン大統領の慢心と油断がその背景にあったのは否めない。

アンカラの国会議事堂前に集まったエルドアン大統領を支持する市民(Getty Images)

首謀者は空軍前司令官か

 今回のクーデターの動きは最大都市イスタンブールや首都アンカラで15日夜に始まり、16日昼までにはほぼ鎮圧された。反乱派の将兵104人を含め民間人、警官ら265人が死亡、クーデターに加わったとして反乱派の約3000人が逮捕された。

 最大の問題は事件の首謀者が誰だったのか、という点だ。トルコのメディアは、空軍のオズトウルク前司令官、シリア国境を管轄する陸軍第2軍司令官の2人が拘束されたと報道。同前司令官が首謀者だった可能性も指摘されている。実行の中心は中堅将校グループだったようだが、軍の上層部も関わっていたとすれば、エルドアン大統領にとっては深刻な打撃だ。

 軍は事件後、将軍5人と大佐29人を解任したが、彼らが関与していたのか、責任を問われたのかは不明だ。エルドアン大統領はまた、政敵のイスラム指導者ギュレン師(米国在住)が事件の背後にいるとして米国に身柄の引き渡しを要求している。

 中東最大の兵力を持つトルコ軍は建国の父、ケマル・アタチェルクの理念を受け継いで宗教から一線を画す世俗主義を貫き、イスラム主義者を嫌ってきた。政治的な混迷や時の政権がイスラム化の傾向を強めるなどした際に動き、1960年以降、3回にわたってクーデターを起こしてきた。

 トルコは2003年のエルドアン政権発足後、国民1人当たりの国内総生産(GDP)を約3倍に引き上げる経済成長を遂げ、イスラム世界の成功のモデルとして喝采を浴びてきた。世界の主要国のG20入りも果たした。エルドアン大統領は建国100年を迎える2023年に「世界十指の経済大国」になるという目標さえ掲げた。

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