WEDGE REPORT

2017年1月22日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『銀盤の軌跡』(新潮社)などの著書もある。

 2017年元旦に、マンハッタンに新しい地下鉄の路線が誕生した。

駅構内

 これまで57丁目の7アベニューが終点だったQが、そこからレキシントンアベニュー63丁目のFの駅につながり、72丁目、86丁目、96丁目までセカンドアベニューを北上する。セカンドアベニューラインが開通したのである。

 もっとも今回オープンしたのは、予定されている17駅のうちの4駅のみ。長さも3.2キロとたいした距離ではない。

 それなのにこの新路線がニューヨークでかなりの話題になっているのは、様々な事情があったからだ。

 そもそもこのセカンドアベニューラインの建設企画が最初に持ち上がったのは、驚いたことに1919年だったという。その後大恐慌、戦争、市の財政困難などが重なって、何度も計画が再燃しては消えていった。このセカンドアベニューラインは、ニューヨークでは有名な幻の路線だったのだ。

 今回の開通は、一部とはいえ実に98年ごしの実現だったのである。

ニューヨークの地下鉄の歴史など

 初めて試験的にニューヨークに地下鉄がお目見えしたのは、1869年と記録にある。日本では明治2年にあたるこの年、マンハッタンのローアーイーストサイドはすでに移民でごったがえしており、特にブロードウェイの渋滞がひどかったそうだ。

 発明家で雑誌編集者、著作権弁護士でもあったアルフレッド・エリイ・ビーチが、現在のダウンタウンのブロードウェイの下に、線路の長さわずか95メートル、一車両の地下鉄をデモンストレーションとして走らせ、渋滞緩和を提唱したのが始まりだったという。だがその後、許可申請、予算の問題などでビーチの本格的な地下鉄計画は中断されてしまった。

 ニューヨークに地下鉄をという声が再び盛り上がったのは、大雪がきっかけだった。1888年3月に東海岸を記録的な大吹雪が襲い、ニューヨークもわずか1日半で1メートル以上の積雪に埋もれてしまった。高架電車も使い物にならず、1週間以上も都市機能が完全に麻痺。地下鉄の価値が再評価され、急遽計画が現実化していったのだという。

 正式に地下鉄が開通したのは、東京のそれより20年余り早い1904年のこと。北米ではボストンに次いで2番目だった。

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