韓国の「読み方」

2017年3月6日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

 今年1月に『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)という本を私と共著で出した礒﨑敦仁・慶応大准教授はテ・ヨンホ氏について「英語が流ちょうで、北朝鮮の対外宣伝の窓口としてロンドンの外交官の間ではよく知られた存在だったようだ。北朝鮮外務省の実情やエリート層の考え方を披露する証言には説得力があるものの、金正恩政権そのものについて語った証言には注意が必要だ」と指摘する。

 そもそも元公使は幹部外交官ではあるものの、序列はそれほど高くない。北朝鮮外交官の亡命としては、1997年に張承吉(チャン・スンギル)駐エジプト大使夫妻と兄の張承浩(チャン・スンホ)・フランス貿易代表部代表がそろって米国へ亡命している。張大使は92年に40歳代前半の若さで外務次官となり、94年に駐エジプト大使となったエリート中のエリートだ。

 ちなみにエジプトは、非同盟諸国との外交を重視してきた北朝鮮にとって中東アフリカ外交の拠点となる重要な国であるとともに、ミサイルをはじめとする兵器の主要な販売先でもあった。張大使は本当に重要な情報を知っていただろうが、公開の証言はない。それに比べれば、経済・外交両面でたいした関係のあるわけでもない英国に駐在していた外交官の知っていたことには限りがあると考えるのが普通だろう。

金正恩氏に会ったことは「ない」

 読売新聞の2月25日付朝刊によると、テ・ヨンホ元公使は韓国のニュース専門テレビ「YTN」のインタビューで、金正恩委員長が金正男氏の殺害指令を出したとしたならば、「幼い時から正男氏を極度に憎悪してきた結果」で、正恩氏の「偏執症」のせいでもあると述べたという。これも首をひねらざるをえない話だ。

 宮本悟・聖学院大教授は、幼少期から正男氏を世話してきた叔母で1990年代半ばに西側へ亡命した成惠琅(ソン・ヘラン)氏の「金正日総書記は二つの家庭を徹底的に隔離していた」という証言を挙げる。正男氏と正恩氏は異母兄弟であるが、互いの存在は知らなかっただろうということだ。

 宮本教授はさらに、「金正日の料理人」として知られる藤本健二氏の証言も指摘している。藤本氏は1987年から計13年を北朝鮮で過ごした。1984年生まれの正恩氏を幼少の頃から知り、母親で元在日朝鮮人の高英姫(コ・ヨンヒ)夫人とも親しくしていた人物だ。宮本教授は「その藤本さんが正男氏の存在を知らなかったと話しているのだから、正恩氏が知っていたと考えるのは難しい」と話す。

 正男氏の叔母と藤本氏のどちらも、それぞれの「家庭」と密接にかかわってきた人物である。それに対して元公使は今年1月の韓国紙「ソウル新聞」とのインタビューで、「金正恩に会ったことはあるか」という質問にこう答えている。

 「ない。金正恩がどこで仕事をし、家はどこにあり、どうやって職場に通っているのか、知っている人は、ほとんどいない。私は北朝鮮に数十年暮らしてきたが、金正日や金正恩が乗った車が平壌市内で通りすぎるのを見たことも、一度もない」

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