使えない上司・使えない部下

2017年4月20日

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吉田典史 (よしだ・のりふみ)

ジャーナリスト・記者・ライター

ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。
主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、
震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

 今回は、中小企業のブランディングをする「ブランドファーマーズ・インク」(BFI)の安田佳生代表取締役を取材した。

 安田社長は、中小企業の新卒採用の支援やコンサルティングをする「ワイキューブ」の創業経営者だった。売上が40億円を超え、1万人以上の大学生が新卒採用試験にエントリーするなど、学生たちからも人気があった。

 その後、2011年に倒産し、表舞台から退いたかに見えるが、豊富な経験を生かし、企業経営への鋭い提言を静かに続ける。

 25年間以上にわたり、走り続けた起業家の目に映る「使えない部下・上司」はどのようなものなのだろうか。

(iStock)

使えない社員がいるならば、その社長も使えない

 ワイキューブの社長をしている頃、社員のことを「あいつは使えない」と口にしたことはありません。リクルートの頃から、数千社の社長とお会いしてきました。「うちの社員はダメだ」と口にする方がいますが、双方でつり合いはとれているものだと思います。使えない社員がいるならば、実はその社長も使えない経営者なのです。

 あの頃は自分が経営している割には、優秀な社員が多いと思っていました。ほかのベンチャー企業の社長と比べて、自分の力が見劣りすると感じていましたから…。柔道でいえば、寝技で1本をとることしかできない経営者だったのだと思います。私がメディアに盛んに露出していたから、ひとりでぐいぐいと引っ張るように見えていたのかもしれませんね。実際はナンバー2、3の役員を始め、優秀な社員たちが動かしていたのです。

 私は、広告塔みたいものでした。勢いがあり、業績が伸びて、いい人材が集まっている会社に誰もが仕事を依頼したくなるものでしょう。そんな姿を演出していたのです。

 残念ながら、私は仕事ができない人でした。リクルートを辞めて25歳のときに起業をしたのですが、「上司に叱られたくない」とか、「朝の通勤時に満員電車に乗りたくない」といった理由でスタートしたくらいです。

 最初の10年間は、仕事をほとんどしていません。業績がよくなり、人を次々と雇うようになってからは仕事をするようになりましたが。しんどかったですよ、自分を優秀に見せるのは。もう、やりたくない……(苦笑)。一時期は、売上が40億円を超えるようになりましたが、経営者としても背伸びをしていたのでしょうね。

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