2024年4月27日(土)

世界で火花を散らすパブリック・ディプロマシーという戦い

2018年11月1日

フィリピン・マレーシア、親中路線変更か

 また、東南アジアにおいても、中国の進出が顕著だが、最近、中国主導の「秩序」に抵抗する動きが出始めた。例えば、中国寄りで知られるフィリピンでは、ドゥテルテ大統領が自らの親中路線を変更し始めた。ドゥテルテ大統領は、就任当初から中国との領土問題を棚上げし、2016年には中国から240億ドルもの経済支援を受け入れるなど、親中派として知られる。2017年には、中国からの申し出で、国内のイスラム過激派との戦闘をめぐりライフル銃3100丁と銃弾580万発もの供与を受けたこともあった。

 しかし、ここにきてドゥテルテ大統領の態度が一変。2018年8月、同氏が中国の海洋進出等の問題に対し、国際社会で初めて非難もしている。

 こうした対中路線変更は、他の東南アジア諸国でも散見される。マレーシアのマハティール首相が、2018年5月、中国が建設予定であった高速鉄道計画を中止したのだ。ナジブ首相(当時)は中国寄りで、2016年には華為技術(Huawei)の本部を首都クアラルンプールに置くなど、中国がマレーシアの情報通信技術を使い東南アジアの顧客にまで手を伸ばそうとする試みを、事実上容認するような政策をとってきた。他にも、中国製レーダーやミサイルの導入も中国に打診され、検討していたという。

 しかし、政権交代後、マレーシア国内では、中国への過度な依存を再検討する動きが強まっている。マハティール首相は、中国と距離を置く姿勢を示しており、実際の対中政策も手厳しい。「一帯一路」関連事業の中止や、マレーシアが拘束していたウイグル族11名に対する中国からの送還要請を拒否し、トルコに向かわせるなどの政策をとっているのだ。

 また、今年のASEAN議長国であるシンガポールは、8月のASEAN外相会談で初めて中国の動向に「懸念」を表明した。また同国は、2017年に国内の大学教授である黄靖(ホアン・ジン)氏を「中国のスパイ」であるとし、国外追放処分とするなどし、中国に対する態度を硬化させている。

 このように東南アジア諸国では、中国の進出とともに、中国への警戒感が急速に高まり始めている。その最大の要因が、東南アジア諸国内の世論の変化であると考えられる。南シナ海問題で妥協したり、中国の巨額な経済支援を取り付けたとしても、中国からのインフラ事業が具体化しなかったり、着工に遅れが出たり、そのやり方も不透明である場合がほとんどだ。そうした中国のやり方に対する不信感や疲労感から、「中国の秩序形成に妥協しても、それに見合う経済支援が得られない」、「中国に主導権が握られるのが嫌」といった世論が増大していると考えられる。

高まる対中警戒感……
日本がやるべきことは?

 このように、米国だけではなく、中国に対する警戒感は国際社会でも高まっており、世界中が中国のシャープパワーに翻弄された結果であるようにも見える。

 中国のPDがソフトパワーではなくシャープパワーを用いた戦略であると世界で認識され、警戒感が一層高まることになれば、中国のPDはそもそもの効果自体を発揮する機会を失うことになりかねない。しかし、こうした状況は他国にとって機会にもなり得る。日本もこれをチャンスと捉え、自らの対外発信政策を強化させていくのが望ましいだろう。

 しかし、日本はこのシャープパワーに対する世界中の警戒感の高まりに甘んじて、中国のPDの行く末を楽観視してはならない。

 その理由として、第一に、各国が単純に中国離れをしているわけではないことが挙げられる。これまで見た中でいえば、東南アジアの世論は、中国に対する信頼度は低くなったとはいえ、「パートナー」と見なす世論はまだまだ根強い。2017年の外務省のASEAN10か国に対する世論調査では、「現在の重要なパートナー」として最も多い60%が「中国」と回答した。「日本」も同位の60%だった。つまり、東南アジアにとって、中国と日本は同じくらい「重要なパートナー」ということになる。

 第二に、世界における対中警戒感の高まりには、中国のPDそのものの失敗という要素のみが影響しているわけではない。トランプ政権の誕生や、各国の国内情勢の変化といった世界の動きも、対中警戒感が高まる要因となっているとも考えられる。

 日本は、中国のPDとその失敗を教訓とし、そのやり方や効果を分析しながら、移り行く国際世論が一体何を求め、何を受け入れ可能とするのかを、正しく見極めていく必要があるのではないだろうか。

 次の機会には、また別の地域−―アフリカ、太平洋島嶼国、ヨーロッパ――における中国のPDの実態について紹介しよう。
 

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