2024年5月19日(日)

経済の常識 VS 政策の非常識

2021年1月15日

事業転換で人と仕事に動きを

 ただ、元の職場に戻れない人もいる。リモートで様々なことが可能と分かれば、オフィスへの通勤も減少する。オフィス需要も減少する。人々がオフィスに行かなければ外食需要も宴会需要も減少してしまう。

 世の中が変化したとき、過去の雇用を無理やり維持していれば経済を非効率にしてしまうケースもある。

 例えば、イーストマン・コダックが破産したのに対し、富士フイルムが、フィルム以外のOA機器や医療品などに進出して会社と雇用の存続を図ったことが称賛されている。富士フイルムは、新型コロナ以前の19年の約2兆4000億円の売上のうち、フィルムやカメラに関連する売上は4000億円以下で、OA機器や医療品が各1兆円超である。もちろん、称賛されるべきことだが、経済全体を考えると、衰退する企業からは人や資金が素早く逃げ出して、別の企業に行った方が経済全体としては効率的になるのかもしれない。衰退企業で能力を持て余しているより、成長企業で力を発揮したほうが良いとも言える。

 しかし、富士フイルムだけでなく、世界的に見ても、11年まで世界最大の携帯電話端末機メーカーだったフィンランドのノキアが端末から世界第2位の通信インフラ設備会社となった。スウェーデンのエリクソンは携帯電話端末の世界的メーカーだったが、ノキアに押されて携帯端末から離脱して世界第1位の通信インフラ会社となった。事業転換で会社と雇用を守ったのだ。

 需要と雇用の構造が変われば、会社は変化するしかない。会社が変化するのが良いのか、人が会社より先に働き場所を変えるのが良いのか─。一概には言えないが、海外ではM&A(合併・買収)で業態を素早く変えるのに、日本では企業の中での成長を待つことが多いようだ。

 海外企業のM&Aの場合、特定分野の子会社を売却し、売却した会社は主要事業に特化し、買収した会社はその事業分野を伸ばすケースが多い。日本でもソニーや日立製作所など、このような戦略的M&Aをする企業が増えてきたが、金融を中心に「対等の精神」で合併する企業がまだまだ多い。これでは調整ばかりに時間がかかる。企業が変わって需要構造の変化に対応するためにも、人材の流動化が必要だ。

 雇調金は、雇用を維持するためばかりでなく、雇用を動かすことへの助成金にするという選択肢もあり得るだろう。雇調金の対象を他業種への出向などに拡充することで、人材の流動性を促すという説もあるが、なぜ企業を通じなければならないかが分からない。大企業に雇用削減が必要になった時には、退職金を割り増しして退職者を募る。一方、中小企業では、退職金割増などはほとんどなく、ただの解雇となってしまう。であれば、雇調金を中小企業の退職金割増などに充当しても良いのではないか。そうすれば、社員は新天地に向けて動きやすくなる。

 コロナ禍の折、新たな雇用を生み出すことが必要だが、この状況でも職業紹介所での有効求人倍率の高い職種はいくらでもある。例えば、情報処理の技術者、医療関係、社会福祉、販売、金属加工、輸送、建設などである。事務的職業の倍率は低いと言われるが、ほとんどの人は職業紹介所を介さずに仕事を見つけているので、数字は実態を表していない。

 需要構造が変わる時には、雇用構造も変わらなければならない。雇調金はあくまで雇用維持を目的とする政策なので、それはできない。雇用の維持を雇調金で図りながら、退職金割増といった施策で人材流動を促す両輪が必要となってきているのではないだろうか。

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■取られ続ける技術や土地  日本を守る「盾」を持て
DATA            狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き        
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PART 1         なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く  
PART 2         狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ     
PART 3         日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に 
PART 4     「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ   
COLUMN       経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを   
PART 5         〝合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て   
PART 6         激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ 
PART 7         世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8       「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ         

  
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◆Wedge2021年1月号より

 

 

 

 

 

 

 

 


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