日本の「技術」が危機にさらされている。大阪府警は2020年10月、技術情報を中国企業に漏洩したとして、大手化学メーカー「積水化学工業」の男性元社員を不正競争防止法違反容疑で書類送検した。漏洩したとされるのはスマートフォンのタッチパネルなどに使う電子材料「導電性微粒子」の製造工程に関する機密情報で、積水化学が世界シェアトップを握るコア技術だ。
中国・広東省の通信機器部品メーカー「潮州三環グループ」の社員は18年、ビジネスに特化したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「LinkedIn(リンクトイン)」を通じて積水化学の元社員に接触し、関係を築いたという。
国内の人手不足や中途採用の普及も技術流出のリスクに拍車をかける。一部報道によれば、IT人材会社「スカイテック」(東京都千代田区)は、職務経歴を偽って、東証一部上場企業などに中国人エンジニアやプログラマーを派遣していたとのことだ。経歴を詐称した海外人材が国内のシステム開発現場に入り込んでいたのである。
ある大手外資系コンサル会社の幹部は「海外の人材紹介会社が役員候補として推薦した中国人の経歴を調査したところ、詐称が発覚した。当然採用を見送ったが、その後、何食わぬ顔で別会社にアプローチをかけていてもおかしくない」と危機感を募らせる。
さらに、企業はもちろん、本人すら気づかないうちに技術を窃取されているかもしれない。ある中小機械メーカーの元営業責任者の男性は「近年、国内の展示会では中国、韓国籍の技術者がブースに多く集まるようになった。彼らは製品の技術や性能について熱心に質問し、日本の技術者は喜んでそれに応じている。だが、いざ具体的な取引の話になるとスッと身を引いてしまうのが特徴的だ。中国で開催されたある展示会で新製品を出展したところ、翌年には、性能は劣るが同じような見た目と動きをした製品が中国メーカーから出展されていた」と驚きを隠さない。
日本企業は自らの機密情報をどのように守っていくべきか。
近年、日本でも経済スパイへの対策を強化しようとする動きがみられる。15年に改正した「不正競争防止法」では、未遂犯の処罰や罰金額の引き上げ、不法に得た利益の没収、国外犯処罰の範囲拡大など、特に刑事上の法整備面で大きく前進した。だが、改正から5年余りが経過しても、法律適用により刑事罰が与えられた事例はまだない。
不正競争防止法の適用をめぐる裁判で最も重要な争点となるのが「秘密管理性」である。つまり、「『営業秘密』として、従業員誰もが客観的に機密情報だと分かる形で管理していた」ことを会社側が証明せねばならないのだ。会社側の管理体制が不十分だったために、「機密情報だとは思わなかった」といった従業員側の答弁が支持され、不起訴とされるケースも多い。17年3月公表の情報処理推進機構(IPA)が国内企業約2000社に実施したアンケート調査によれば、「営業秘密とそれ以外の情報を区分しているか」との問いに対し、42.4%の企業が「区分していない」と回答した。「分からない(10.5%)」を含めると、半数を超える。