2025年4月23日(水)

トランプ2.0

2025年4月11日

 3月下旬、マイク・ウォルツ大統領補佐官(国家安全保障問題担当 以下、初出以外敬称および官職名等略)が民間通信アプリ「シグナル」を利用したチャットグループに、雑誌『アトランティック』の編集長ジェフリー・ゴールドバーグ氏を誤って招待し、イランから支援を受ける武装集団フーシ派への攻撃計画を共有してしまったという、いわゆる「シグナルゲート」が報道された。

 このチャットグループには、ピート・ヘグセス国防長官、マルコ・ルビオ国務長官、スーザン・ワイルズ大統領首席補佐官等が参加していた。現在のところ、「トランプ2.0」発足以来における最大のスキャンダルである。

 ゴールドバーグは、シグナルを通じてヘグセスが、F-18戦闘機、トマホークミサイル、ドローンによるフーシ派への攻撃時間等について、他のチャットメンバーと共有した内容を、後日『アトランティック』(電子版)に掲載した。

 本来であれば、民間通信アプリによるチャットではなく、ホワイトハウスの危機管理室(Situation Room)においてフェイス・トゥ・フェイスで国家安全保障会議を開き、そこで攻撃計画を共有すべきであった。ドナルド・トランプ大統領もそのように指摘した。

 チャットで共有したことにより、フーシ派、ロシア、イラン、中国等にこの軍事計画がハッキングされ、情報を取られた可能性があり、場合によっては米兵士の命に影響を及ぼしたかもしれないという強い懸念の声が上がっている。

 また、仮に、意図的であれ、ずさんな管理であれ、機密情報を漏らした場合、米兵は軍事裁判にかけられるが、政府高官が処分されないのは「二重基準」であるという批判も出ている。

 一般に危機的状況への対処には、原因に対する根本的対処と支持者を納得させるためのダメージコントロール的な対処がある。後者はコミュニケーションの分野である。これまでのトランプ政権に関わる危機では、常にこの対処法に、より重点が置かれてきた。

 今回の危機的状況において、トランプとチャットグループに参加した政府高官たちは、「プレーブック」に基づいた行動をとって、乗り切ろうとしていると言われている。プレーブックとは、チームのすべての作戦・戦術をファイルした極秘資料ブック(リーダーズ英和辞典)を指すのだが、トランプと政府高官はどのようなコミュニケーション作戦を用いて、この危機を脱しようとしているのか。以下では、彼らの発言からそれを探ってみよう。

(DNY59/gettyimages)

作戦1「真実」を否定し、問題を最小化せよ

 まず、トランプは、政府高官がシグナルで共有した内容の中には、機密情報が含まれていなかったと断言し、「真実」を全面的に否定した。その上で、トランプは、フーシ派への攻撃は大成功であったと強調し、民間通信アプリによる機密情報漏洩事件を最小化させようと試みた。

 しかし、実際はチャットを通じてリアルタイムに軍事計画を一民間人が、大統領補佐官の人為的なミスによって知るところとなった。

作戦2 情報源の信頼性を下げろ

『アトランティック』は1857年11月に東部マサチューセッツ州ボストンで創刊された伝統のある月刊誌だ。現在本部は、首都ワシントンにあり、編集長は上で紹介したようにゴールドバーグである。発行部数は現在約100万部で、その読者はリベラル層であるとみられる。

 ゴールドバーグは、米公共放送(PBS)の報道番組「ワシントン・ウィーク」(1967年~現在)の司会者(2023年8月~現在)でもある。「ワシントン・ウィーク」の司会者は、ロバート・マクニール氏をはじめ、グウェン・アイフィル氏、ロバート・コスタ氏、ヤミーシュ・アルシンドール氏等、これまでに主に著名なジャーナリストが務めてきた。この点だけをみても、『アトランティック』およびゴールドバーグは、言論の世界では一定の信頼を得てきていることが分かる。

 だが、トランプは、そのゴールドバーグを「負け犬」と呼んで彼を攻撃した。さらに『アトランティック』に「信用できない雑誌」および「三流の雑誌」とレッテルを貼り、情報源を叩いて信頼性を下げる戦術に出た。

 過去3回の大統領選挙で行われてきた馴染み深い手法である。ただ、この手法が繰り返し使われているところをみると、この“手”には一定の効果があるのだろう。

 これに対して、ゴールドバーグはトランプやチャットグループに参加した政府高官たちについて、「彼らは追いつめられると嘘をつく」と反論した。つまり、ゴールドバーグの視点からすれば、トランプ等は「追いつめられている」のであり、そうした意味のメッセージが送られた。

作戦3「魔女狩り」で括れ

 トランプは、シグナルに関してヘグセスに対する「魔女狩り」と持論を展開して米メディアを非難している。欧米の一般の人には、「魔女狩り」という言葉は特別な意味を持っている。

 トランプは、今回のシグナルゲートを逆利用して、これが「トランプ2.0」における極めて短期間での成功の評価を下げようと企んだオールドメディアおよびレガシーメディアの陰謀論であるというストーリーを創り上げた。

 確かに大統領就任後、初日からトランプの行動力は凄まじく、特に移民問題に関しては目に見える“成果”を上げている。そこで、自身や政権に対する批判は全て「魔女狩り」との一言をもって括ろうとしたのだ。

 2021年、トランプは自身の弾劾裁判を「魔女狩り」と呼んだ。24年米大統領選挙においては、自分がジョー・バイデン大統領(当時)に勝利する可能性が高いので、バイデン政権は米司法省や連邦捜査局(FBI)を「武器化」して、自分を起訴したと訴え、「魔女狩り」を多用した。トランプは今回も同様の「プレーブック」を使用していると言える。


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