大阪を味わい尽くそうと思ったら、「笑い」の要素は外せない。
実は、食い倒れの街大阪を代表する飲食店街・道頓堀には、かつて浪花座、中座、角座、朝日座、弁天座という五つの芝居小屋が軒を連ね、「道頓堀五座」とも「五座の櫓」とも呼ばれていた。道頓堀は江戸の昔から昭和の末まで、芝居の街、演芸の街だったのである。
残念ながら五座は閉館されてしまったが、グリコの看板で有名な戎橋のすぐ近く、心斎橋筋と御堂筋の真ん中あたりに歌舞伎や松竹新喜劇の公演が行われる大阪松竹座があって、芝居の街の面目を保っている。
松竹新喜劇?
首をかしげた読者が多いかもしれないが、筆者は縁あって以前からこの劇団を知っていた。そしていま、松竹新喜劇を核に、大阪の笑いの潮目が変わりつつあるという予感を抱いているのである。
松竹新喜劇のベテラン俳優、曽我廼家寛太郎さん(66歳)の芝居を見たのは、かれこれ20年以上前のこと。ひょんなことから寛太郎さん本人の誘いを受けて、『一姫二太郎三かぼちゃ』(茂林寺文福・舘直志の合作)の公演に足を運んだ。
最後は涙と鼻水
未曽有の経験
観劇前の気持ちを正直に言えば、「古めかしい芝居だろうな」であった。劇団の名称も演題も、相当に古めかしい。
ところが芝居が始まるや否や、思いもかけずストーリー展開の妙に引き込まれてしまった。田舎で母親とともに実家を守るデキの悪い三郎。都会で暮らすエリートの兄弟たちが帰省して三郎を小馬鹿にするのだが、大詰めで三郎の兄弟愛が舞台からあふれ出す。
ベタな芝居で泣くまいとこらえたが、最後は涙と鼻水でぐしょぐしょになりながら大笑いをするという、未曽有の経験をすることになった。
今回、あの圧倒的な存在感で舞台の空気を満たしていた曽我廼家寛太郎さんと再会を果たすことができた。演者に聞くのは筋違いかもしれないが、なぜ、あんなに笑って泣けたのだろう。
「大阪には漫才師の方が多くて、かけ合いを楽しむ文化がありますが、漫才や落語よりも、大がかりなストーリーを持った芝居で笑いを紡ぐ方が、笑いも感動も大きくなるんとちゃいますか」
大きな笑い─。
たしかに、松竹新喜劇の笑いには「大きい」という言葉がピタリとくる。シニカルな笑いやいじりのような笑い、早いテンポで繰り出される一発芸や瞬間芸の笑いとは、どこか質的な違いがあるように思える。
この違いをうまく言語化してくれる人を探していたら、朝日放送テレビのプロデューサーで大阪芸術大学放送学科の客員教授も務める栗田正和さん(60歳)に行きついた。栗田さんは大阪の笑いにむっちゃ詳しいお人である。
「例えば、吉本新喜劇の持ちギャグや一発芸は、即効性の高い爆発的な笑いを生みます。一方、松竹新喜劇のストーリーや演技から生まれる笑いは、じわじわと効いてくる笑いやペーソス交じりの泣き笑いを生みます。いわば、キャラクターの吉本に対して、ストーリーの松竹。観劇後の〝読後感〟は、吉本の『面白かった』に対して、松竹は『よかった(感動した)』という違いがあるような気がします」