「藤山直美さんがある公演の初日におっしゃった、『品があってこそ大阪の舞台。品を大切にしていこう。下ネタで笑わせるのは簡単だけど、お客さんが見てよかったと思える笑いを目指そう』という言葉が忘れられないのです」
栗田さんの言う〝読後感〟に通じるエピソードだが、ではいったい、品のある笑いとは、具体的にどんな笑いを指すのだろう。
「笑わそうと思って演じると必ず失敗します。そうではなくて、劇中の人物が必死で生きている姿を、傍から見ると面白い。それが、品のある笑いだと思います。松竹新喜劇は敷居が高いイメージがあるかもしれませんが、詩吟や能と同じで、僕みたいな高校生でも笑えて泣ける。短い動画が流行っている時代だからこそ、ぜひ、長いお芝居も見ていただきたいです」
山川さんの言葉を聞きながら、経営学者の楠木建氏が的確に「品」を定義していたのを思い出した。
欲望への速度が遅いこと─。
誰も意図して笑わせようとしていないのに、迫真の演技に、なぜか笑いがこみ上げてしまう。そんな笑いが品のある笑いだとすれば、決して敷居の高い笑いではないだろう。
コテコテは好きの熱量
ほんものの大阪の笑い
さて、3人目の河合祥子さん(30歳、同じく令和6年入団)は、松竹新喜劇の団員には珍しく静岡の出身である。東京の大学で演劇を専攻したが、なぜか大阪で活躍する俳優ばかりに惹かれた。
「松竹新喜劇に出演されていた藤山直美さんが大好きで、お父さんの寛美さんも映像で観ていいなと思いました」
いったい、どこに惹かれたのか。
「松竹新喜劇では『腹芝居』という言葉をよく使いますが、先輩方のセリフはセリフとしてではなく、腹の底から、心の底から言っているように聞こえるのです。そこにとても憧れます」
たしかに、寛太郎さんの演技を見た時、同じような感覚を持った。寛太郎さんは舞台の上で地団駄を踏み、天を仰いで嘆き、全身で嗚咽を漏らしていた。コテコテという言葉が思い浮かぶ。
「大阪の笑いって、優しく隣に寄り添ってくれる笑いだと思うんです。そしてコテコテとは、『好き』の熱量が大きいということではないでしょうか」
無理矢理つなぎ合わせると、周囲の人を愛するあまり濃厚な感情表現があふれ出してしまうのが、大阪の笑い、松竹新喜劇の笑いなのではないか。再び栗田さんに登場してもらおう。
「大阪の笑いをひとことで言うなら、『サービス精神が創る笑い』ではないでしょうか。相手を喜ばせたい、笑わせたい、ほっこりさせたいという思いが強すぎて、街ぐるみでボケやツッコミを無限ループで生み出している。大阪はそんな街なのかもしれません」
タイパやいじりとは無縁の、ちょっと暑苦しいけれど人に優しい笑いこそ、ほんものの大阪の笑いなのだ。
松竹新喜劇は、いままさに陽春公演の真っ最中(※【大阪松竹座】「松竹創業130周年 春だ!笑いだ!松竹新喜劇 陽春公演」4月19日〜27日)。これを見ずして大阪は語れないだろう。知らんけど。
