2025年2月7日(金)

トランプ2.0

2025年1月26日

 ドナルド・トランプ米大統領(以下、初出以外敬称および官職名等略)が大統領就任初日に署名して連発した大統領令の中には、民主主義を後退させるものも含まれており、すでに多くの批判を浴びている。この大統領令には、トランプの民主主義軽視の姿勢が顕著に現れている。

 そこで、まずトランプの1期目と今回の2期目の就任演説を比較してみる。次に、大統領令の中で物議を醸しているものを1つ取り上げ、それが米国社会にどのような意味をもっているのかについて述べる。さらに、石破茂首相がトランプとどのようなコミュニケーションをとるべきか、提言の1つを紹介してみる。

エグゼクティブオーダー(大統領令)に署名し「ドヤ顔」をするトランプ大統領(UPI/AFLO)

労働者から超富裕層へのシフト

 1月20日(現地時間)米大統領就任式、実業家のイーロン・マスク氏、メタのマーク・ザッカーバーグ氏、アマゾンのジェフ・ベゾス氏など、大手IT企業の最高経営責任者(CEO)が揃って就任式に参加し、トランプ一族の傍に着席した。今回の就任式は、彼らが閣僚候補たちよりもトランプに近い位置に座り、大統領就任宣誓と演説を聞くという異例の様相を呈していた。トランプが、超富裕層を優遇したことは明らかだ。

 大統領就任演説の内容も、労働者に限定してみると、「トランプ1.0」とは明らかに異なっていた。2017年の大統領就任演説では、トランプは、支持基盤の一角を成す労働者を念頭に、「この国の忘れられた人々は、もうこれ以上、忘れられることはない」と、強い決意を示した。しかし、今回の演説では、バイデン前政権が掲げた「電気自動車の義務化」を撤回し、自動車生産に携わる労働者を守ると述べたが、前回ほど労働者への力強いメッセージはなかった。

 むしろ、トランプが「星条旗を火星に立てる」と語り、航空宇宙メーカースペースXのCEOであり、超富裕層のマスクに配慮を示したことが、参列者や一般の視聴者の印象に残ったのではないだろうか。  

 それは、「トランプ2.0」が労働者から超富裕層重視へシフトする予兆と捉えることができる。では、なぜ超富裕層なのか。

 トランプは、2016年と24年の2回の米大統領選挙で労働者の票を獲得し、勝利を収めた。米合衆国憲法は、大統領に2期8年の任期制限を設けている。次回の選挙がないトランプにとって「票としての労働者」の価値は下がり、代わりに「献金者(金)としての超富裕層」の価値が高まったのだ。

 仮に次の4年間、トランプが労働者から超富裕層重視へシフトしていけば、それは労働者、特に中西部の労働者は、トランプに単に利用されただけであったと言える。

本命はパナマ運河

 トランプは昨年の年末から、「グリーンランド購入」「パナマ運河における管轄権の再取得」および「米国によるカナダ併合」を唱えてきた。なぜ彼は大統領就任前に、わざわざ上記の3つを争点化したのか。

 トランプは11月5日の大統領選挙で勝利すると、矢継ぎ早に、司法長官にマット・ゲーツ元下院議員(後に辞退)、国防長官に保守系米FOXニュースキャスター、ピート・ヘグセス氏、国家情報長官にトゥルシー・ギャバード元下院議員、米連邦捜査局(FBI)長官にカシュ・パテル氏などを閣僚候補に指名した。

 しかし、米メディアや議会は、彼らには性的暴行疑惑、アルコール中毒、ロシアとシリアの関係、FBI解体論など、長官としての適正に欠ける要因があるとしてトランプを集中的に非難した。米国民の目は、トランプが指名した閣僚の適正の有無に向いていた。

 そこで、トランプは閣僚人事から国民の目を逸らすために、上記の3つの争点を出してきたという見方がある。彼は強硬な発言をするとき、①メディアから注目を浴びる、②米国民の目を逸らす、③支持基盤を活性化する、④強いリーダーを演出する、⑤ディール(取引)をまとめるために先制攻撃をするといった傾向がある。米メディアの中には、トランプの発言は②を狙ったものだと指摘する者がおり、筆者もこの立場をとっている。

 グリーンランド購入やパナマ運河の管轄権の再取得は、中国が絡むため、米国民の目を逸らすには好材料なのだ。我々はすでにグリーランドとパナマ運河における中国の支配と可能性について議論しており、見方によっては、それはトランプの術中に嵌っているとも言え、その意味でトランプの戦術は成功している。

 さらに、トランプは大統領就任演説で、グリーンランド購入とカナダ併合には触れず、パナマ運河の管轄権の再取得のみを持ち出し、中国の代表を前に、「(米国は)パナマ運河を中国に与えたのではなく、パナマに与えた。我々はそれを取り戻す」と、かなり強く中国を牽制した。これまでもトランプは、中国がパナマ運河を管理下に置いていると主張しており、一歩進んで強硬な意見を展開したのだ。続けて、「自国の領土を拡張する」と誓った点は注目に値する。

 英雑誌エコノミストと調査会社ユーガブの全国共同世論調査(2025年1月12~14日実施)によれば、カナダ併合に関して、「支持する」と回答した米国民は18%、「支持しない」は60%で、支持が不支持を42ポイントも下回った。一方、グリーンランド購入については「支持する」が28%、「支持しない」が47%で、支持と不支持で19ポイント差がついた。ところが、パナマ運河の管轄権の再取得に関しては、「支持する」が33%、「支持しない」が42%で、支持と不支持の差は9ポイントで、カナダ併合とグリーンランド購入よりもその差は小さく、可能性がある。 

 トランプは、年末に亡くなったジミー・カーター元大統領がパナマ運河の管轄権をパナマに渡したと強く責めるような発言をした。閣僚人事から米国民の目を逸らそうとすることが、その主たる狙いであったとしても、米国史にレガシー(政治的遺産)を残すことに関心が強いトランプが本腰を入れて獲得する行動に出るかもしれない。


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