2025年1月10日(金)

トランプ2.0

2025年1月10日

 ジョー・バイデン米大統領(以下、初出以外敬称および官職名等略)は1月3日、日本製鉄の米鉄鋼大手USスチールの買収計画に対して禁止命令を発表し、その主たる理由として、国家安全保障とサプライチェーン(供給網)に対するリスクを挙げた。それに対して、日本製鉄とUSスチールは、バイデンを相手どり訴訟を起こすという極めて異例の措置に出た。

 さらに、両社は全米鉄鋼労働組合(USW)のデービッド・マッコール会長と米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスのロレンソ・ゴンカルベス最高経営責任者(CEO)を東部ペンシルベニア州で提訴した。日本製鉄の橋本英二会長は1月7日の記者会見で、マッコール会長がゴンカルベスCEOと連携し、組合の強大な政治力を利用してバイデンに働きかけたからだと述べた。

 本稿では、日本製鉄のUSスチール買収禁止命令を巡る問題を、「政治信条のバイデン」と「ディールのトランプ」の2つの視点からみてみる。

(joecicak/gettyimages)

政治信条のバイデン

 2021年1月20日、第46代米大統領に就任してからバイデンには、今日に至るまで、演説をする際に好んで使ってきた言葉がある。その言葉を思い出せば、日本製鉄のUSスチールの買収計画に禁止命令を出したことは予想されたことであり、特に驚くに当たらない。

 バイデンは、「ウォールストリートが米国を作ったのではない。中間所得者層が米国を作ったのだ。そして、労働組合が中間所得者層を作ったのだ」と、繰り返し述べてきた。続けて、「私は、米国史において最も組合と組合員寄りの大統領であるという約束を守ることに誇りをもっている。組合がうまくいくと、すべての労働者がうまくいき、経済全体が利益を生む」とも言っている。

 バイデンは東部デラウェア州選出の連邦上院議員を36年間勤め、その後、オバマ政権で8年間副大統領職に就いた。2020年米大統領選挙で勝利を収め、翌年大統領に就任したバイデンは、今年の1月20日で4年間の任期を終える。この48年間の政治活動を支えてきたのは労働組合であり、おそらくバイデンは「労働組合が自分を作った」と認識しており、組合に対する思いがかなり強いと言える。

 その一例が、2023年9月に中西部ミシガン州の全米自動車労働組合(UAW)のメンバーと共にピケラインに参加し、メガホンを持って組合員を鼓舞したことである。現職大統領として初めての出来事であった。

 そして、今回の日本製鉄のUSスチール買収計画禁止命令も、自分は「米国史上最も組合と組合員寄りの大統領である」、自分を作った「労働組合を守る」「労働組合と共に米国が繁栄する」という政治信条に基づいたバイデン個人の判断が大きな要因になったとみてよい。

 特に、大統領退任を前に、バイデンは政治信条を貫く思いが一層強くなったのかもしれない。

 しかし、バイデンは買収を望むUSスチールの労働者の声には耳を傾けていない。彼は全米鉄鋼労働組合の幹部の要求を呑んでいるとみることができる。

 筆者が民主党のベテラン議員で下院事務総長を務めるジェリー・コノリー下院議員(南部バージニア州第11選挙区選出)に、バイデンが下した日本製鉄のUSスチール買収計画禁止命令に関して質問をすると、彼は「バイデン大統領は過ちを犯した。彼は組合に同調した。日本製鉄はUSスチールが必要としている改善と投資をもたらすことができる。バイデン大統領は近視眼的な決定を行い、しっぺ返しを食らう可能性がある」と回答した。

 仮に、バイデンの日本に対する不信感や差別意識、バッシングが、USスチール買収計画禁止命令の根底に存在するのではないかといった指摘があるのならば、それはこの問題に無用な対立要素を生じさせ、より複雑にし、日米関係を悪化させるリスク要因になりかねないので、充分な注意が必要だ。


新着記事

»もっと見る