なぜトランプも日本製鉄のUSスチール買収計画に反対するのか?
トランプは、米国企業の象徴であるUSスチールを税の優遇と関税による組み合わせで救済して、最終的に米国における鉄鋼産業を復活させる考えだ。今後、トランプは米国民に「再びUSスチールを偉大にする」とアピールしてくるかもしれない。
では、なぜトランプも日本製鉄のUSスチール買収計画に反対するのか。
2016年米大統領選挙でトランプは、中西部を中心に民主党から労働者票を奪い、勝利を収めた。しかし、彼は再選をかけた20年米大統領選挙では、バイデンに労働者票を奪われ敗北した。「報復(retribution)」の24年米大統領選挙においては、労働者票を奪還して勝利した。
トランプは白人労働者のみならず、ヒスパニック系やアフリカ系の票を積み上げており、その中には同系の労働者が含まれている。つまり、トランプにとっても、自分の勝利に大きな貢献をしたのは労働者であり、彼らは支持基盤を構成する重要なメンバーなのだ。
トランプは、米国を世界でNo. 1に押し上げた1つのアイコンである鉄鋼産業を復活させ、最終的に、バラク・オバマ元大統領やバイデンが成し得なかった「米国の製造業を再生させ、雇用を創出した大統領」というレガシー(政治的遺産)を作りたいのだろう。
ディールのトランプ
トランプは上記の理由で、日本製鉄のUSスチール買収計画に反対しているが、今後も態度を変えないだろうか。
その可能性はゼロとはいえない。中国の通信機器大手・中興通訊(ZTE)は、米企業の技術を使用した部品を、イランや北朝鮮に出荷したために、米政府による制裁を受けて事業停止に追い込まれた。しかし、トランプは2018年、中国で余りにも多くの雇用が失われる危険が生じるとして、事業が再開できるように部品の供給を認めた。
ただし、トランプはZTEに13億ドル(当時約1422億円)の罰金、経営陣の変更および「高度なセキュリティー保障」を、事業継続の条件として突きつけた。
仮に、トランプが日本製鉄に対してディールを仕掛ける場合も、何らかのUSスチール買収の条件を提示することが考えられる。さらに、トランプが日本政府に対しても、白人、ヒスパニック系および黒人労働者の雇用創出のために、日本企業による米国内における工場建設、戦闘機の購入や在日米軍の駐留経費の増額など、同時並行的に要求してくる可能性もある。そうなれば、この問題に絡んで、高い代償が日本に求められる。
日本製鉄のUSスチール買収計画禁止命令が訴訟で無効となり、第2次トランプ政権の対米外国投資委員会(CFIUSシフィウス)で、このUSスチール買収問題が再審査となったとしよう。この場合、同委員会の議長は(上院の承認が得られれば)トランプが財務長官に指名した投資家のスコット・ベセット氏になる。同委員会のメンバーに、トランプに司法長官に指名された前フロリダ州司法長官のパム・ボンディ氏など、トランプに対する忠誠心が過度に高い各省庁の長官が入ることになる。
バイデン政権下のCFIUSでは、この買収問題に関して合意に至らなかったが、第2次トランプ政権ではトランプの意向が全面的に反映され、全会一致が可能になるだろう。以前、『忠誠心ファーストと強硬派一色』で指摘したが、トランプの「忠誠心ファーストの人事」が、ここでも生きてくることになる。
今後、日本製鉄のUSスチール買収計画の行方は、トランプ次第と言える。そしてそれは、日本の政治と経済に影響を与え、大きな「損失」となって、日本人に回ってくるかもしれない。