そして陰謀論が拡散される様を注意深く観察すれば、その背後では中国やロシアといった権威主義国家による「認知戦」が展開されていることが読み取れる。陰謀論は今や、彼らの兵器でもあるのだ。本連載では、この新たな脅威の実態と対抗策を探っていく。
*本記事は『SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威』(共著、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
前回で述べたような国家による影響力工作の一環でのディスインフォメーションが蓄積されると、それは特定のナラティブ(物語)を構築するようになる。これは国家が用いる「戦略的ナラティブ」と呼ばれる。
NATOの軍事作戦を担当するヨーロッパ連合軍最高司令部(SHAPE)の戦略コミュニケーション責任者だったマーク・ライティによれば、ナラティブとは「単なる物語以上のもの」で、「多くの物語を含んだ、イデオロギー、理論、または信念に沿った出来事の説明であり、将来の行動への道を指し示すもの」である。
ナラティブは世界を説明し、我々の理解を補い、これから何をすべきかを指し示す。戦略的なナラティブは、特定の国家戦略とナラティブを一致させ、相互に支え合い、統合するものとなっている。
そして、国家によるこの戦略的ナラティブの行使は、「ナラティブの戦い」と呼ばれる。主にディスインフォメーションから構築されるナラティブは、事実を含んでいるかもしれないが、文脈が歪められたり、戦略的かつ悪意を持って操作された不都合な真実であったり、真の目的を隠蔽するものであったりする。これは大河の流れに似ていて、ナラティブの川は、ディスインフォメーションという汚染物質によって戦略的に汚染されているが、情報の流れの中でその汚染だけを区分けして排除することは非常に困難なのである。
ナラティブの戦いでは、イデオロギー、理論、信念、そして将来の行動への道を指し示す我々の脳内回路を標的にする。これは、人間の認知情報処理から生成される。視覚や聴覚といった直接的な感覚にディスインフォメーションのような操作された情報、誤った情報を流し込むだけでなく、ナラティブを通じて過去の記憶に基づくワーキングメモリ(作動記憶)にも働きかけ、情報の取捨選択を行う認知フィルターを通じて個人の認知領域の中で生み出される現実の解釈(内部表象)に影響を与えようとする。
その結果として、個人の感情や行動に影響を与え、攻撃の所与の目的である戦略的な結果を引き出そうとする。このプロセスを示したものが下の図となる。