反移民、反ユダヤ、反ワクチン、ディープ・ステート……今やSNSでは、多種多様な陰謀論が飛び交うのが日常の景色となってしまった。そして、かつては「オカルトの与太話」であった陰謀論は、陰謀論が引き起こした2021年のアメリカ議事堂襲撃事件を契機として、今や社会の分断を深め、民主主義を侵食し、国家の安全保障を揺るがす、重大な脅威と認識されるようになった。
そして陰謀論が拡散される様を注意深く観察すれば、その背後では中国やロシアといった権威主義国家による「認知戦」が展開されていることが読み取れる。陰謀論は今や、彼らの兵器でもあるのだ。本連載では、この新たな脅威の実態と対抗策を探っていく。
*本記事は『SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威』(共著、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。
2022年12月7日、ドイツ連邦検察庁は、クーデターを企てていたテロ組織のメンバー22人と支援者3人の容疑者を逮捕した。この組織は複合的なグループから構成されており、主に第一次世界大戦で崩壊した旧ドイツ帝国の再建を目指す極右組織ライヒスビュルガー(ドイツ語で帝国臣民を意味する)や反コロナ政策運動グループのクエルデンカー(ドイツ語で、型にはまらない考え方をし、それによって社会を怒らせる危険を冒す人を意味する)といった陰謀論思想を基調とする団体のメンバーが所属していた。
ドイツでディスインフォメーションや陰謀論、極右思想などのモニタリングを行う非営利団体「監視・分析・戦略センター(CeMAS)」の分析によると、ライヒスビュルガーの活動においては、Qアノンの陰謀論と、ドイツ固有の陰謀論の水脈であるネオナチのナラティブやニューエイジ思想などの多様な思想的要素が確認されている。そして、クエルデンカーをはじめとした、パンデミック下で拡大した様々なグループが、ライヒスビュルガーに合流した。
これらのグループは以前から活動上の重なりはあったものの、パンデミックを明確な契機として集団の拡大と協力が進んだ。ドイツでQアノンが支持を集め始めたのは、パンデミックなどさまざまな要因による抗議活動が始まってからだとされているが、QアノンとQuerdenker(クエルデンカー)が同じ「Q」の頭文字を共有していることもあって、抗議運動に参加した人々は陰謀論思想への傾倒を強めていった。
捜査当局によれば、このグループは2021年11月からクーデターを計画しており、ドイツ国会議事堂への攻撃とドイツ連邦共和国の憲法秩序の転覆を目指していた。そして、旧ドイツ帝国を模した国家を樹立し、グループのリーダーである旧ドイツ貴族の家系のハインリヒ13世ロイス侯子率いる暫定政府を設置、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の元議員が法務大臣に就任する計画だったという。グループには軍人や警察官も所属しており、多くの武器を所有していた。
彼らは、いわゆる「ディープ・ステート」のメンバーによって現在のドイツが支配されているという陰謀論を信じており、ドイツ連邦共和国の存在とその法制度を否定し、反ユダヤ的陰謀論、ホロコースト否定といった極右的な思想とQアノンのイデオロギーが混交したナラティブの下で活動していた。
そして、ロシアを含むさまざまな国家の政府、情報機関、軍隊からなる技術的に優れた「秘密同盟」の介入でディープ・ステートによる支配からの解放が約束されていると信じて、実際にロシア政府関係者と接触していた。また、ライヒスビュルガーの思想とQアノンの陰謀論が結びつく過程で、フェイスブックでアカウント凍結となったインフルエンサーがロシアのSNSである「フコンタクテ」で活動するようになるなど、オンライン上でもロシアとの明確な接近がみられた。