ウクライナ戦争勃発より1年が経過した。それまでロシアが繰り広げてきた情報戦は世界から一目置かれていたが、この戦争では一転してうまくいっていないという評価が下されている。
1月に弊社より発刊した『偽情報戦争:あなたの頭の中で起こる戦い』では、ロシア・ウクライナ戦争までの情報戦の成功と失敗について詳細に解説している。情報戦の本質とは何か。今回のウクライナ戦争で何が起きてきたのか――。その理解のために、本書に収録している著者3人による鼎談から、一部を掲載する。(聞き手/構成・本多カツヒロ)
スパイのプーチン、コメディアンのゼレンスキー
――今回(2022年)のロシアのウクライナ侵攻に関して、ロシアの情報戦は劣化したといえるでしょうか?
小泉:今回は下手ですね。少なくとも欧米諸国が信じるに足るような情報戦は展開できていない。例えば、プーチン大統領は「ウクライナは親ナチスで虐殺をしている」とか、「核兵器や生物兵器を作っている」などと言っています。それらの内容は、公的機関の報告を確認すればすぐに反駁できてしまう程度のものです。
虐殺の件で言えば、国連の高等人権弁務官事務所が毎年発行しているレポートを見ると、昨年ドンバス地方では25人が亡くなっていて、うち12人は地雷による被害者です。25人亡くなるというのはもちろん大変なことですが、普通はこれを「虐殺」とは呼ばないし、侵略を正当化するものでもないでしょう。
でも、もしかしたら、ロシアははじめから先進諸国を相手にしていない可能性はあります。ウクライナに侵攻する際、どうやっても西側諸国とは対立するのだから、ロシアの主張を信じやすい国々をターゲットにしていた可能性は少ないながらもあります。
――今回のウクライナ侵攻に関して言えば、ウクライナのゼレンスキー大統領のSNSの利用の仕方が上手すぎて、逆にその点も警戒しないといけないと考えています。
小泉:ロシア語がわかる人には、ゼレンスキーの振る舞いは演技がかって見えてしまうようです。ゼレンスキーもそれには自覚的で、そういう人たちを端から相手にはしていない。国際社会の6~7割の支持を得られれば良いと思っているのでしょう。
小宮山:ゼレンスキーは元役者ですよね。脚本家や演出家のような役割の側近がいるんですか?
小泉:現在、側近がそうしたことをしているかどうかわかりません。元々ゼレンスキーはコメディアンであると同時に、クバルタル95という芸能プロダクションの社長でもあるんです。彼が設立したプロダクションの人間が大統領府に多数登用されています。ですから、大統領府自体が、半ば彼のプロダクションとして機能している面もありますね。
桒原:そうですね。ゼレンスキーは、俳優時代の知り合いの映画プロデューサーを大統領府の長官に起用するなど、政治家としては異例のキャリアの人間を側近として固めているんです。そういう面に着目したプーチンにとって、ゼレンスキー自身、そしてゼレンスキー政権は政治家としては素人に映り、リーダーとしても脆弱だろうと考えたのではないでしょうか。しかも今回ウクライナ政府はPR会社やロビー会社をうまく使って米国など西側の意思決定に影響を与えようとしていますね。