桒原:本来のマスメディアの役割からすれば、『ゼレンスキーの素顔』に登場するようなネガティブな側面も報道するべきなのかもしれない。そもそも、欧米の大手メディアはロシアのウクライナ侵攻前にはゼレンスキー批判、ゼレンスキー政権の政治問題などについての報道もしてきていた。しかし、ひとたび戦争が始まると、そうした報道はされなくなった。メディア研究では、二項対立ストーリーを展開した方が視聴者がついてきやすいという考え方があるんですね。
もう一つ、「メディア間のアジェンダセッター」の問題も持ち上がります。つまり、ニューヨーク・タイムズ、CNNなどの大手メディアがこれにあたり、そうしたアジェンダセッター(ニュースのアジェンダ設定を行う報道機関)が報じたニュースを地方紙も同じように報じるという構図です。それが米国国内だけでなく、日本のメディアの報道にも影響している。
しかし、そうした大手メディアが真実のみを報道しているかと問われれば疑問符がつく。独立系メディアの果たす役割も重要ですが、例えばゼレンスキーやウクライナに批判的な独立系メディアの報道は、シャドー・バン(意図的に表示されない)されるようになったので、なかなか目にすることがない。
小泉:そこで難しいのは、例えばウクライナを相対化してみましょう、米国の報道を検証してみましょうとなった時に、一歩間違えると陰謀論に利用されてしまうわけです。つまり「この戦争は、バイデンが裏から手を回し、ウクライナをけしかけて始めた戦争だ」といったように。そうなると、今度はロシアの情報がすべて正しいという方向になってしまう。
公平な目で見てみようとすると、結果的に偏った議論に与してしまう危険性があります。その見せ方が極めて難しい。
テックジャイアントによる言論統制?
――大手メディアの他にも、現在ですとGAFAなどの大手IT企業が正しくないとされている検索結果を上位に表示しないようにしており、事実上の検閲を行っています。
桒原:私の現在の最大の関心事は、ディスインフォメーション対策は民主主義国家では不可能なのかということです。民主的な制度とサイバー空間の組み合わせは実は悪いのではないか――。
なぜなら、民主主義国家のディスインフォメーション対策は、一歩間違えれば情報統制や表現の自由を侵害することになるからです。報道の自由も当然なくなってしまう。そうなると、もはや権威主義的対策になってしまうのです。
民主主義が確実に保証されながら、サイバー空間でのディスインフォメーション・キャンペーンの被害を最小限に留める対策が必要ではないかと思います。
『偽情報戦争』の小宮山さんの章で、パーラー(Twitterによく似たプラットフォーム。過激な言説も許容する)の台頭が出てきましたが、特にGAFAなどは親トランプ派の主張やQアノンなどの陰謀論を自らのサービスから排除している。そこに登場したのがイーロン・マスクで、これまでのTwitterは健全な民主主義を提供する場ではなく、買収し言論の自由が担保される環境に変えるのだ、と。これが真にうまくいくのかは不透明ですが、今後も、そういった新しい言論空間が生まれたり、衰退したりを繰り返していくのかなと感じています。
小泉:私もそう思いますね。今われわれはなんだかんだ言っても、インターネット上の言論空間の中でしか生きていけない。そうではあるけれども、インターネット上の言論空間で、民主的な価値を担保する仕組みはまだないんです。必要であるにもかかわらず、誰からも統制されないアンビバレントな状態だと思います。
ディスインフォメーションは、そのバグを見事についたものだと感じます。でも、中核的な価値をどう担保するか、という点については正解がなく、その方法についてわれわれは考えていかないといけない。小宮山さんはどうお考えですか?
小宮山:サイバー空間が民主主義を侵す、民主主義とかみ合わせが悪い、という主張は、これまでも政治学者の宇野重規やジョセフ・ナイ、法学者のジャック・ゴールドスミスらが主張している比較的新しい問題提起です。民主主義をいかに守っていくかを考えた時、やはり現状のシステムは構造上民主主義と相性が悪いので、そのシステムを変えていかなければばらない。30年後くらいにはそうしたシステムが登場するかもしれません。今で言えば仮想通貨がそれに近いのかもしれない。
小泉:小宮山さんの結論としては、「サイバー時代の民主主義の敵は、権威主義国家とテックジャイアント」でしたっけ?
小宮山:そうです。
小泉:権威主義国家は当然として、テックジャイアントとはどこかで妥協しないとなりませんね。