小泉:そこがプーチンの読み違えなんですよ。ゼレンスキーからすれば、キーウに踏みとどまり、戦う意志を示したことは役者だからできたと言える。もし、ウクライナ軍がキーウの国際空港の防衛に失敗し、ロシア軍に攻め込まれた場合、ゼレンスキーは殺害されるか、逮捕された可能性が高い。一世一代の大芝居をうったと考えられます。
その下地はゼレンスキーが、コメディアンの時に『国民の僕』というドラマで主役を務め、理想の大統領を演じたことに端を発します。でも、当初の政権運営が順風満帆だったとは言い難い。またゼレンスキーは割に権力欲も強くて、自分に批判的なメディアに圧力をかけたりと決して理想のヒーローではありませんでした。
ところがロシアが侵攻してきて国家滅亡の危機となった時に、彼はもう一度、ドラマのような理想の大統領を演じることになったのだと思います。つまりは、有事の際に国民や国際社会が望む理想の大統領を、ですね。
桒原:もし自らの身に重大な危険が迫ったとしても世界からは英雄視され、「ヒーロー」として歴史に名を残すこともできますね。
小泉:2022年8月『ゼレンスキーの素顔』(セルヒー・ルデンコ著、PHP研究所)という書籍が翻訳されました。ウクライナのジャーナリストが書いた本なのですが、内容を見ていくと、「困った人物をウクライナ国民は大統領に選んでしまった。ただし、戦時の大統領なんだから頑張れ」という、激励半分、批判半分といった具合です。
このようにゼレンスキーが役者としてうまく立ち回っているのに対し、プーチンは元ソ連国家保安委員会(KGB)として徹頭徹尾スパイとして振る舞っていると言えます。本心を決して見せず、さまざまなディスインフォメーションを流布し、高圧的な発言をしたり、核の脅しさえかける。そうしたスパイ的な振る舞いが功を奏することもあれば、今回のように失敗に終わることもある。
ロシア・ウクライナ戦争の両国のトップの態度は、スパイ対コメディアンという見立てもできる。結果的に、今回はコメディアンの判定勝ちと言えるでしょう。
米国政府と大手メディアによるアジェンダセッティング
――そうしたゼレンスキーのネガティブな側面は、メディアで見ることがありません。
桒原:ゼレンスキーの発信力は、西側諸国、特に米国政府やメディアが作り出す情報環境もかなりの程度後押ししています。日本のメディアは、米国のメディア、特にCNNやニューヨーク・タイムズが作り出すアジェンダセッティングに乗っている。つまり、「ロシアは悪、ウクライナは善」という二項対立でわかりやすいストーリーですね。
そうなると、当然、日本をはじめさまざまなメディアは、ゼレンスキーのネガティブな側面を報道しなくなるわけです。そうしたメディアの報道もまた、世論の形成の一要因となる。
小泉:ロシアが侵略を仕掛けた側なので、世論がウクライナに同情的になるのはわかります。 ただ、そうした事情を加味しても、実はわれわれのアジェンダセッティング自体も米国が作り出したナラティブに無自覚に乗っている部分がある。今回、その点について米国はかなり意識的に行っている。
ワシントン・ポストの報道によると、ロシアがおそらくウクライナに侵攻するというレポートが21年10月の時点でバイデン大統領のもとに届いていたようです。同時期に、米国政府はすぐにタイガーチームを結成します。これは、有事の際の緊急プランづくりから、何の情報をどの程度マスコミに流すかまでを担当するウクライナ問題対応チームのようなもので、特にワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズが2大チャンネルになっているように見えますね。