朝5時30分。取材班がその牧場に到着すると、搾乳を終えた牛たちが牛舎から道を挟んだ牧草地へとゆっくりと移動し始めていた。
「晴れの日も雨の日も放牧します。今日みたいに暑い日だったら、何も言わなくても牛たちは涼しいところを選んで行くし、台風の時でも木陰で雨風を凌いでいます。放牧していても、全く問題ありません。夜なんかは固まって寝ています。牛は賢いですよ」
こう語るのは、北海道北東部・紋別市の山あいにある「髙森牧場」の髙森秀樹さん(50歳)だ。
取材班が訪れたのは2024年6月8日、この日の天気は快晴。朝の光が強くて、まぶしい。まるで、ヨーロッパの美しい農村を連想させる景色だった。
ギー、ギー、ギー……。
ひっきりなしに鳴り響く音に「何の鳴き声ですか?」と聞くと、髙森さんが「エゾハルゼミですよ」と教えてくれた。本州では聞くことのない独特な鳴き声だ。牧草地に足を踏み入れると、白黒模様のホルスタイン牛や茶色のブラウンスイス牛が、人間なら息が上がるほどの急斜面をぐんぐん上り、ひっきりなしに牧草を食み続けていた──。
酪農家といっても、髙森さんのように、自ら放牧を行う酪農家は日本全国で15・1%に過ぎない(22年度)。
日本の酪農は「規模拡大こそが成功の証し」とされ、多くの酪農家は牛をできる限り増やそうと努力を重ねてきた。効率的に牛を管理し、乳を搾り、コストダウンを図ることを優先した結果、ほとんどの酪農家は牛舎で密飼いしているのが実情だ。
「規模拡大のためには大規模な機械化、設備投資が必要となりますが、飼料価格はもちろんのこと、半導体不足や燃料価格高騰など様々な外的要因の影響を受けやすくなります。最近では、牛の給食センターにあたる『TMRセンター』を利用する農家も増えています。決められた飼料が配送され、それを牛の口元に配り、搾乳だけをする。これでは、酪農家ではなく〝搾乳家〟です。チャップリンの『モダンタイムス』の世界と同じだと言えるのかもしれません」