2025年1月8日(水)

SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威

2025年1月6日

スペイン・ポルトガル語圏でも拡大する陰謀論

 ドイツと同様の陰謀論に基づく暴動が、2023年1月にブラジルでも発生した。ブラジルのジャイル・ボルソナロ元大統領が僅差で敗れた2022年10月の大統領選挙について、選挙は無効だと訴えていたボルソナロ支持者たち約4000人が、首都ブラジリアの政府庁舎を襲撃した。彼らは議会、最高裁判所、政府宮殿に侵入して火を放ち、各所で破壊的行動を繰り返した。

 以前よりボルソナロ支持者グループにはQアノン運動が浸透していることが確認されており、このブラジルの事案は、Qアノンによる陰謀論の信奉者が参加した2021年1月6日のアメリカ議会襲撃事件を彷彿とさせる。

 ボルソナロ元大統領やその息子エデュアルド・ボルソナロらは、ドナルド・トランプの首席戦略官と上級顧問やオルタナ右翼(アメリカ発祥の新たな右翼的思想運動)の代表的なメディアとされるオンラインジャーナル「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の会長を務めたスティーブ・バノン、トランプの元顧問で極右ソーシャルメディア・プラットフォーム「ゲッター」最高経営責任者(CEO)のジェイソン・ミラー、極右団体「プロジェクト・ヴェリタス」のメンバーであるマシュー・ティルマンドといった、オルタナ右翼の重要人物やその周辺人物と緊密な関係を築いて面会を繰り返しており、ボルソナロ元大統領はトランプのように、選挙不正の陰謀を煽る戦術を参考にしていたのではないかという指摘がある。

 このような、何らかの陰謀により選挙結果が不正に操作されたと民衆を扇動する事例は他国でも見られる。2022年6月のコロンビア大統領選挙では、保守派の元大統領がその結果を疑い、同じスペイン語圏であるスペインの右翼政党「ヴォックス」がこの動きに同調して、その選挙不正言説の拡散に協力した。チリでも、2022年9月の憲法改正をめぐる国民投票において、投票不正の陰謀論がSNS上で拡散されたことが確認されている。

 これらは地域こそ離れているが、それぞれが独立した動きというわけではない。いずれの事案も、Qアノンのナラティブの一類型である選挙不正の陰謀論の派生であるとの指摘があり、コロンビアおよびスペインの事例ではヴォックスがQアノン陰謀論支持を明言していることからも、Qアノンの世界観をベースにした陰謀論の影響力の大きさとその拡大が窺い知れるものである。

※本稿の一部においては、以下の拙稿をもとに加筆修正を行っている。
長迫智子「認知領域の戦いにおける陰謀論の脅威—海外における体制破壊事案から日本における陰謀論情勢を考える」『笹川平和財団国際情報ネットワーク分析IINA』笹川平和財団、2023年7月19日。https://www.spf.org/iina/articles/nagasako_03.html
SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威
長迫 智子:著 ,小谷 賢:著 ,大澤 淳:著
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