2025年12月6日(土)

SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威

2025年4月21日

認知フィルターが操作されるとどうなるか

 我々は、同じ対象物を見ても、そこから受ける印象や発露する感情、自発する思考は異なるが、それは個々人の環境や価値観、信念といったフィルターに左右されるからである。

 例えば、目の前で単なる赤いリンゴを見ただけでも、それが好物である人は美味しそうだと好ましい感情を抱き、リンゴアレルギーの人は危険だと感じる。リンゴを腐らせてしまい虫が湧いた経験のある人は嫌悪感を抱くこともある。小さいころ、母親が風邪の時に出してくれた擦り下ろしたリンゴを思い出して郷愁に浸る人もいれば、コレクションしているアップル製品と結びつけて何とはなしに親近感を抱く人もいるかもしれない。最近、スーパーでリンゴが値上がりしたことをふと思い出して経済に思考をめぐらすこともあろう。道端の1個のリンゴなど何の関心も湧かず目に留まらない人もいれば、飢餓に苦しむ地域の人にとっては、それは何としてでも確保すべき目の前の食料となる。

 では、その「リンゴ」が政治家や政策で、それに関連づけられる環境・価値観・信念といった認知フィルターが操作されてしまっていたら、選挙の時に何が起こるだろうか。

 認知領域への攻撃は非常に抽象的で認識しづらいが、人々の認知領域を攻撃して自国に都合よく塗り替え、さらには相手の国が分断するように仕向けるナラティブが埋め込まれていく。これらの攻撃の成果は、選挙や国民投票、デモといった民主主義的プロセスで発露するが、その攻撃は平時から絶え間なく行われている。このようにして戦場が我々の認知領域にまで広がった結果が、認知戦という新たな戦闘様相なのである。

認知戦とは何なのか

 2017年、アメリカ国防情報局(DIA)やアメリカ空軍は「認知戦」という概念に言及し始めた。さらに、NATOにより組織された専門家コミュニティ「NATOイノベーションハブ」は2020年に認知戦プロジェクトを立ち上げた。こうした動きの結果、多くの国が認知戦に取り組み始めているが、実際には認知戦の定義は確立されていない。しかし、いくつかの先行研究が示す定義は、すべての人の認知を武器化し、秩序と体制を不安定化させるという核心部分では共通している。

 NATOの研究では、「認知戦は、信頼(選挙プロセス、制度、同盟国、政治家などに対する国民の信頼)を損なう目的を追求し、それゆえに個人が武器となり、その目的は個人が何を考えるかではなく、むしろ彼らの考え方を攻撃することである。それは、社会を支えている社会契約全体を解体する可能性を秘めている」とされている。

 この他には、レイ・オルダーマンによる「社会的、経済的、政治的路線に沿って敵国の国民と指導者とを分断し、一発も銃弾を撃たずに内部から敵国を破壊することを目的とした心理戦の増幅版」、ヨタム・ロスナーとデイヴィッド・シマン=トフによる「社会的統一を損ない、政治システムに対する国民の信頼を損なわせるための外部による公の言説の操作」、そして「情報の受け手を心理的に擦り減らすためのディスインフォメーションプロセス」というダイアナ・マキーヴィッツの定義などがある。

 

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