2025年1月9日(木)

SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威

2025年1月8日

 反移民、反ユダヤ、反ワクチン、ディープ・ステート……今やSNSでは、多種多様な陰謀論が飛び交うのが日常の景色となってしまった。そして、かつては「オカルトの与太話」であった陰謀論は、陰謀論が引き起こした2021年のアメリカ議事堂襲撃事件を契機として、今や社会の分断を深め、民主主義を侵食し、国家の安全保障を揺るがす、重大な脅威と認識されるようになった。
 そして陰謀論が拡散される様を注意深く観察すれば、その背後では中国やロシアといった権威主義国家による「認知戦」が展開されていることが読み取れる。陰謀論は今や、彼らの兵器でもあるのだ。本連載では、この新たな脅威の実態と対抗策を探っていく。
*本記事は『SNS時代の戦略兵器 陰謀論 民主主義をむしばむ認知戦の脅威』(共著、ウェッジ)の一部を抜粋したものです。

イギリス・サウスポートでの事件に関する陰謀論を受けて同国サンダーランドで起きた反移民暴動。陰謀論拡散の背後にはロシアの影がちらつく(Drik/Gettyimages)

 2024年7月29日、イギリスのサウスポートで3人の少女が刺殺され、同時に8人の子供と2人の大人も負傷する事件が起こった。警察は、17歳のルワンダ系イギリス人(ルワンダ出身の両親の下にイギリス国内で生まれており、移民ではない)であるアクセル・ムガンワ・ルダクバナの犯行として彼を逮捕した。

 ところが同日、犯人は17歳のイスラム系の亡命希望者、アリ・アル=シャカティなる人物だとするディスインフォメーションがインターネット上に出回った。この「ニュース」を最初に投稿したのは、オンライン・インフルエンサーで陰謀論者のバーナデット・スポフォースとされている。

 その数分後、アメリカの通信社を名乗るウェブサイト「Channel3 Now」がこのディスインフォメーションをニュース記事のような形で拡散させた。

 イギリス紙テレグラフによると、ユーチューブチャンネル「Channel3 Now」は2012年に開設され、当初はロシアの都市イジェフスクでのカーレースに関するロシア語動画を公開していた。その後しばらくはアカウントが利用されていなかったが、2019年、パキスタンに関する英語の動画を公開し、2023年には「Channel3 Now」のウェブサイトがリトアニアのドメインで同チャンネルに登録された。このウェブサイトのIPアドレスは2人のパキスタン人に帰属している。2023年6月、「Channel3 Now」は新たなウェブサイトを立ち上げたが、このサイトは人種差別によるクリックベイト(思わせぶりな見出しや文章でクリックを誘う手法)を広めたとして非難されている。

 イギリス調査報道局は、「Channel3 Now」が11年前にロシアのチャンネルとして作られたことを確認した。また、スティーブン・マクパートランド元安全保障相も、この暴動を引き起こしたソーシャルメディアのディスインフォメーションキャンペーンの背後にロシアがいる可能性を示唆している。一方で捜査当局は、抗議行動を引き起こしたディスインフォメーションへのロシアの関与を証明するには、まだ十分な証拠がないとしている。

 Ⅹでは、「Channel3 Now」による犯人の情報に関する投稿は2700万ビューを超えた。多くのメディアやブロガー、インフルエンサーにもシェアされた。例えば、イスラム教や移民に対する暴力的な抗議行動で知られる極右団体「イングランド防衛同盟」の創設者であるトミー・ロビンソンは、政府を「シリア人が罪のない子供たちを刺すのを許している」と非難した。ヘイトスピーチで有名なインフルエンサー、アンドリュー・テイトも、「不法移民が1カ月前にボートで到着した。そして彼は子供たちを刺すことにした」といった内容で、移民とこの事件を結びつけて非難した。


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