米大統領選挙はバイデン氏が当選し、対中政策の行方が注目されている。人権や民主主義の問題を考えて対中姿勢はより厳しくなるという意見もあれば、オバマ政権の経験を考えて宥和的になるのではないかとの見方も聞かれる。
しかし、中長期的に両国関係に覇権競争の側面がある以上、技術や情報のデカップリング(分断)の動きが消え去るとは考え難い。米民主党は「新冷戦にはしない」と言うが、国民のポピュリズム的思考は根深く、予断を許さない。
新冷戦となれば日本はアジアの
西ベルリンになりかねない
ここで問題となるのが、日本の立ち位置である。北東・東南アジアでは、中国の経済的、軍事的影響力が強まってきている。日本は自由経済と民主主義を掲げ、また自国の安全保障の多くを米国に依存する立場にある。
両大国の相互依存関係が優先される間は、日本が知見とアービトラージ(鞘(さや)取り)を働かせ、外交的にも活躍しうる余地が広がろう。だが、万が一新冷戦ともなれば、地理的位置を鑑みて、わが国はかつての東欧に浮かぶ西ベルリンのような存在にもなりかねない。
その場合、米国から特定企業との取引をさらに慎むことを求められたら、どう対処するのか。日本企業は多くの経済取引や直接投資をアジアで行っている。安全保障は米国と結び、経済は中国との関係を維持するような器用なことは、イソップ物語の蝙蝠(こうもり)ではないが、至難の業だ。
また、国内では親米と親中と自立の三つ巴のイデオロギー論争が起きるだろう。対立軸の激化と不透明性は、動揺と逡巡と緊張を通じて社会不安を呼び起こす。冷戦時代、自由の抑圧は社会主義陣営のみならず、自由主義陣営でも例外ではなかった。陰鬱な季節の到来に疑心暗鬼やポピュリズムがさらに輪をかける。こうしたシナリオは、できるものであれば回避したい。
一方、ここに来てインド不在のまま東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が誕生し、中国は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加も積極的に検討すると宣言した。米国不在のTPPに中国が直ちに参加することは難しいかもしれないが、米国で国内政治の分断が長引き、想定外のイベントが重なれば、大きな世界地図の変動につながる可能性もある。日本には冷静な判断と外交力がこれまで以上に求められる。
借金財政で希薄な負担意識
国民の「コミット」引き出す議論を
その際気になることが一つある。わが国の財政である。コロナ禍により世界中で政府債務が拡大しているが、日本では、財政の視点はどこか置き忘れられたかのようだ。もっぱら景気や損得の話が語られ、受益が優先される一方、負担を誰が担うのかの認識は希薄だ。政策のギリギリの取捨選択が国民的議論になることもない。
MMT(現代貨幣理論)議論のように国の借金がいくら増えても心配ないと決め込む声まである。だが、日本の借金力は無限なのか。安全保障や災害対応など「もしもの時」の政府の対応力に影響はないのか。
これまで財政は主に少子高齢化など国内問題の観点から議論されてきた。しかし、眼前の課題に終始せず、国際環境や見えないリスクに囲まれた日本の姿を直視して、財政戦略を見直してみる必要があるのではないか。気候変動をはじめSDGsの諸課題の実現に向けても、日本は積極的に国際社会をリードして行かなくてはならない。財政の自由度や強靭性は、その貢献力や外交力の源泉としても欠かせないはずだ。
米中分断の危機は決して机上の空論ではない。技術や産業保護など経済安全保障は重要だが、あくまで国の安全保障、将来の社会を守るための全体戦略のパーツの一つにすぎない。大局的な国家構想は、確かな財政戦略と「国民のコミット」に支えられて初めて地に足がつく。新しい局面の展開を迎えて、このことも肝に銘じておくべきではないか。
■取られ続ける技術や土地 日本を守る「盾」を持て
DATA 狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き
INTRODUCTION アメリカは本気 経済安保で求められる日本の「覚悟」
PART 1 なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く
PART 2 狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ
PART 3 日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に
PART 4 「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ
COLUMN 経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを
PART 5 合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て
PART 6 激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ
PART 7 世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8 「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ
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