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2021年1月7日

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玉井克哉 (たまい・かつや)

東京大学先端科学技術研究センター教授

1983年東京大学法学部卒業。同年東京大学法学部助手、88年学習院大学法学部助教授、90年東京大学法学部助教授、95年東京大学先端科学技術研究センター助教授、97年より現職。信州大学教授を兼任。
 

 米中間の対立が激しくなるということは、冷戦終結以来約30年間続いた「グローバル化」のトレンドが終わる、ということである。これは、大学や企業における研究開発に、大きな影響を与えるだろう。

研究者であれば、誰もが平穏で開かれた研究環境を望むが…… (BLOOMBERG/GETTY IMAGES)

 米国当局は、中国が米国企業や政府の営業秘密を組織的に盗んでいるとして摘発姿勢を強めている。2014年、米国当局は、人民解放軍61398部隊に属する5名の士官を名指しし、ウェスティングハウスやUSスティールなどの営業秘密を窃取した(またはその未遂・共謀を行った)として起訴に持ち込んだ。2017年にはハッキングにより米国企業の営業秘密を大量に摂取したとして中国在住の3名を起訴したし、同様に2020年7月には、中国在住のハッカー2名を起訴した。これらは象徴的な意味しかないが、2018年に中国国家安全部所属の情報機関員を起訴した際には、滞在中のベルギーの当局に要求して身柄を拘束している。その容疑も、米国の航空宇宙産業を標的にした営業秘密の窃取であった。トランプ政権では中国政府や中国共産党を公然と非難する傾向が強まったが、トレンドはオバマ政権期から一貫したものであり、バイデン政権になっても緩和する兆しはない。むしろ、ウイグル、チベット、内モンゴルなどの人権問題を重視する議会民主党の動きと連動して、中国への圧力を強めることが予想される。 

 米国の安全保障に直結する先端技術に対する中国の脅威に対抗するには、民間レベルでの積極的な協力が不可欠だというのが、米国司法省の姿勢である。2019年に華為電子(Huawei)の副会長を起訴した際には、イラン企業との取引による経済制裁法違反だとしたほか、5年以上も前の米国企業に対する営業秘密窃取容疑で、同社そのものを起訴した。2020年2月に再度起訴したときは、北朝鮮やイランに対する制裁破り、営業秘密窃取(経済スパイ法違反)に加え、組織犯罪防止法(RICO法)を適用するに至った。RICO法は一般にマフィアや麻薬カルテルなどに適用される法律であり、大企業に適用するのは異例である。中国共産党と密接に関連するとされる同社を、いわば反社会的勢力とみなしているわけである。

激変する研究環境
米中対立の影響は大学にも

中国政府の人材開発プログラムである「千人計画」に参加していたハーバード大学の教授は、虚偽申告等を理由に2020年1月に逮捕され、6月には起訴された。カンザス大学の教授やオハイオ州立大学の教授も中国政府のための研究を隠蔽したとして起訴されているし、ウェスト・ヴァージニア大学の教授は、千人計画への参加を秘匿して育児休暇を取得したことで大学への虚偽申告に問われた。直接的に中国の軍事技術に貢献した根拠がなくとも、星条旗に忠誠を誓いつつ、五星紅旗のために仕事をすること自体が、犯罪として摘発されているわけである。

 自国の研究者に厳しい姿勢で臨む米国当局が、同盟国の研究者に甘い顔を見せるとは考えにくい。日本の大学は、世界をリードする米国の研究者や学界と引き続き協力する必要がある。しかし、米国が脅威とみなす中国の研究者との間で何の警戒もせずに知識を共有すると、中国に技術を漏洩させていると見られかねない。学会参加のため米国に渡航した天津大学の教授が空港で逮捕された事例や、米国企業の営業秘密を台湾企業が中国に漏洩させたとして摘発された事例もある。万一にもこれらが前例となるとすれば、日本で研究する研究者にとっては、環境が大きく変わりつつあるというべきだろう。

 事態が深刻なのは、今日の基礎研究の実情から見て、軍事研究と民生研究の間に線を引くのが極めて困難だからである。民生と軍事の両方に応用の可能な技術は「デュアルユース」と呼ばれるが、今日では基礎的な研究のほとんどがそれに該当し、そのいずれかにしか応用が利かない技術など、むしろまったくの例外といってよい。

 「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに接近し、爆発によって衝突体を突入させ、深部の試料を採取することに成功したことは、神経質な外国には、科学研究の名の下に日本が衛星破壊兵器の実験に成功したと映り、試料とともに見事帰還したのは、弾道ミサイルの再突入テストに成功したのを誇示しているように見えるかもしれない。

 また、昆虫の運動能力や知覚能力には驚くべきものがあり、カナブンのような大きさで自由自在に飛翔することができ、自らのエネルギー源を探索して捕食するような機械は、人類には製作することができない。その生態を仔細に調べ、能力を十分に生かせば、災害時の人命救出に使うことができるだろう。しかし、その技術が外国に流出すれば、人民を秘密裡に監視する機器や、偵察用・攻撃用の兵器に転用されるかもしれない。実際、米国国防高等研究計画局(DARPA)は、2006年にその方向で研究プロジェクトを発足させており、優れた研究成果を挙げた日本人科学者もリストに挙がっているという。

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