日本の漁業は崖っぷち

2014年10月1日

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片野 歩 (かたの・あゆむ)

水産会社 海外担当

東京生まれ。早稲田大学卒。2015年水産物の持続可能性(サスティナビリティー)を議論する国際会議シーフードサミットで日本人初の最優秀賞を政策提言(Advocacy)部門で受賞。1990年より、最前線で北欧を主体とした水産物の買付業務に携わる。特に世界第2位の輸出国として成長を続けているノルウェーには、20年以上、毎年訪問を続け、日本の水産業との違いを目の当たりにしてきた。著書に『魚はどこに消えた?』(ウェッジ)、『日本の水産業は復活できる!』(日本経済新聞出版社)、「ノルウェーの水産資源管理改革」(八田達夫・髙田眞著『日本の農林水産業』<日本経済新聞出版社>所収)。

 こうしてみるとクロマグロの資源管理は日本次第であることがわかります。太平洋クロマグロの資源減少は著しく、過去最低のレベル(第12回参照)になってしまっています。一見資源管理をしているようにも見えますが、実際は昨年同様に未成魚を漁獲しても、削減の比較対象が、近年ではなく、漁獲が多かった年との比較なので問題がないとされるのです。2015年は、未成魚の漁獲を「50%削減」といっても、日本の50%削減後の数量は4,882トン2012年(3,815トン)と同じ量を獲っても問題がないというのでしょうか。果たしてこれ自体効果があるのかと思わざるをえません。また産卵期の親魚の漁獲規制をしていないことも懸念されています。

 また日本海で実施されている2,000トンという自主的な親魚の漁獲量の設定は、過去10年でもそこまで獲れた年は2回しかなく、漁業者が守るハードルとしては低く、ほとんど効果は期待できません。また、上記WCPFCの基準年(2002-2004年)の同平均漁獲は、1,100トンに過ぎないのです。自主管理の枠に近づいた数量を獲ってしまうというのは、自ら資源回復の可能性を潰しているに過ぎません。せっかくのチャンスを潰してしまうのは、魚を獲ることが仕事である漁業者が悪いのではありません。個別割当制度(IQ・ITQ)を始めとする、資源管理のまともな制度が作られてこなかったことこそが、問題の本質なのです。

漁獲してよい数量が多すぎると管理の意味がない

 漁業での収益は、数量×単価です。量は少なくても単価が高くなり水揚げ金額が逆に大きくなるというケースは、昨年のサンマ(数量32%減少で金額34%増加)等でありますし、その逆もよくあります。個別割当ではないため、漁業者や漁法によって単価が上昇しても泣き笑いはあります。しかし、個別割当制度であれば、単価は平均して上がり、かつ乱獲も抑制されて一石二鳥以上の効果があるのです。

 個別ではなく単に全体の漁獲量を減らすというやり方では、自分の船の漁獲数量は減らしたくないという考えになります。そこで小型の魚でも何でも獲れ!ということになってしまい、資源回復に対する貢献は難しくなるのです。ましてや、もともと漁獲してよい数量が多すぎれば、見せかけだけの管理で役にも立ちません。

 本来であれば、まず、きちんと科学的根拠に基づいた漁獲枠(TAC)を設定し、それを巻き網、一本釣り、曳き縄、定置網等に配分。その基本は、資源が低位の間は、小規模の沿岸漁業者に優先して枠を配分し、資源の回復に伴い、漁獲能力が高い巻き網への配分を増やすというやり方を取るべきです。これは、漁業先進国であるノルウェーでのマダラやサバの配分方法です。ノルウェーでは、定置や一本釣りはありませんが、小型の沿岸船や釣り船を守り、資源が少ない時は優先的に漁獲枠を配分、増えたら大型の船に多く配分してバランスを取っています。

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