オトナの教養 週末の一冊

2015年3月6日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

 ただ、とはいえこの8割という支持は圧倒的で、死刑廃止を支持する人たちは1割にも満たないわけです。日弁連は、公式に死刑廃止の立場をとり、運動を展開していますが、今のところ全く効果を表していない。仮に、死刑廃止を目指すのであれば、死刑を容認している民意が、どこに根拠があるのかを明確にし、それに対して社会思想のレベルで答えないと、事態は全く動かないわけです。

 またヨーロッパでの死刑廃止の流れについては、私も一般的な書籍しか読んでいませんが、ひとつにはEU加盟に死刑廃止が事実上の条件とされていることもあげられます。

――裁判員裁判で、一般の方も死刑かどうか判断する場面に遭遇しますし、もっと死刑に関し議論が深まらないといけませんね。

森:市民に議論してくださいと言っても、みなさん仕事があるわけですし、現役の裁判官は権力の中にいますから、本やブログでオープンな議論を供することはなかなか難しい。

 これまでにも『なぜ日本人は世界の中で死刑を是とするのか』(幻冬舎新書)では、日本の死刑判決の歴史や基準、また『死刑と正義』(講談社新書)では裁判員として裁く立場になった場合に、どのように判断すれば良いかなど、死刑に関する本を執筆してきました。

 今回の本では、もう少し抽象的な議論が主ですが、死刑制度の是非自体を直接に論じました。死刑問題を考える上での根本的な議論をするための材料になってほしいと思います。

 私がどのような理由で死刑肯定論者であるかは、その道筋にこの本一冊を費やしましたので、本を読んでいただくほかないのですが、ここで死刑冤罪の問題についてだけ、補足して述べたいと思います。

 日本の刑事司法制度は、有罪率が極めて高く、有罪率99.9%前後という極端な抑圧的状況を30年以上も続けてきました。このような刑事司法のもとでは、冤罪が正しく救済されることを期待しても、土台無理なことです。だから、死刑冤罪だけをガタガタ言っても、始まらない。われわれは、冤罪で死刑にされたり、無期懲役にされることを覚悟するほかないのですね。裁判所に期待しても99.9%ダメなのですから、それなら、裁判所自体を批判して死んでいったほうがましです。その覚悟ができれば、死刑肯定の立場になり得るし、その覚悟がないのに死刑肯定を言うのは、とんでもないことです。今回の本で提供したような死刑制度についての考え方の材料を全てオープンにし、死刑を根本までさかのぼり判断すれば、死刑を良しと判断する人は非常に少なくなるとは思います。死刑肯定論の確たる根拠はいくつもあるわけではないですから。

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