定年バックパッカー海外放浪記

2016年1月10日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年生まれの62歳。横浜生まれ、神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

 私の40年超の自転車の経験では普通の舗装自動車道をサイクリングしていると最低速ギアでも登れないような急坂というのは押して歩くと15分もかからない。距離にすればせいぜい1キロ程度しかない。マシリョン峠に近づいているのであろうが、見通しが悪くて先が見えない。あとどれだけ我慢して押し歩きをしなければならないのか見当がつかない。人生と同じで先が見えない苦労というのは実際以上に疲れる。

 日頃自転車に乗り慣れているので足の筋肉疲労はそれほど感じない。しかし20キロの荷物と12キロの自転車に加えて背負っている5キロくらいのデイパック、合計37キロを押し上げているわけで日頃使っていない手首、二の腕、肩が痺れてくる。私の体重は57キロ弱なので相当な負担である。

 ♪徐州徐州と人馬は進む、どこまで続くぬかるみぞ♬と戦中の軍歌の一節が頭の中に流れてくる。このようなハードな行程でしばしば思い浮かぶのは『先の大戦において生死をかけ重装備を背負い小銃を抱えて苛烈な状況下で行軍している再招集された中年の兵卒』である。それに比べればしょせん自分のやっていることなぞ“お遊び”の範疇に過ぎないと思うと気が軽くなる。

恐怖のミシリョン・トンネルの3750メートル

 押し歩きを始めてから一時間半を経過した午後1時頃、前方にトンネルの入口が見えてきた。ハングルで“ミシリョン・トノル”と読める。つまりミシリョン・トンネルである。入口の看板のハングル文字を解読すると全長3750mと長大な新しいトンネルのようである。

 山道のトンネルはサイクリングでは最も危険な難所である。事前に入口で様子をじっくりと確認する。歩道は幅が70センチくらいで車道から20センチくらい段差がある。とても歩道を自転車で走行するのは不可能である。車道と歩道の間の側道は幅が80センチくらいで狭い。車の交通量は10秒間に1~2台くらい。トラックやバスが比較的多い。韓国のドライバーは自転車に対しては減速しないで平気で幅寄せしてくる。トンネル内で大型車両に追い抜きされると風圧をもろに受けてハンドルを取られる。トンネルの構造は幸いなことに緩い下り坂になっているように見える。

 慎重に走り始めたが予想以上に急な下り勾配である。しかも下り勾配がずっと続いている。20キロ超の荷物を積んでいるのでブレーキの効きが悪い。下手に急ブレーキをかけると旧式のブレーキシステムなのでワイヤーが切れる恐れがある。また簡易式の荷台なので荷物の重心が高くトラックの風圧でハンドルを取られたときに急ブレーキをかければ容易に転倒してしまう。

 トンネル内の照明が暗く前方の視野が狭いうえに喚気孔が不完全なのか排ガスと砂塵で目や喉が痛くなる。常にブレーキをかけながらスピードが出すぎないようコントロールする必要がある。自転車はロードレーサーなのでブレーキを常にかけた状態を維持するためには完全な前傾姿勢を保つ必要がある。同時に前方を注視しているため常に首を上げていなければならず普段使っていない首の後ろの筋肉が攣りそうになる。ブレーキを握っている指や上半身を支えている二の腕も痺れてくる。

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