全盲を乗り越え弁護士に
一冊の本が変えてくれた人生

大胡田誠弁護士&初瀬勇輔氏


大元よしき (たいげん・よしき)  ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド

『障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド』 
障害者雇用支援コンサルタントの初瀬勇輔が、教育、ビジネス、スポーツ、福祉など社会で活躍する障害者と対談を行い、障害者を取り巻く現状を伝えるともに、障害者の活躍の場や雇用創出のヒントを探ってまいります。

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「障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド」の第3回は、視力を失いながらも5回目のチャレンジで司法試験に合格し、現在は町弁(町医者的な弁護士)として依頼者の悩みに応える大胡田誠(おおこだ まこと)氏をお迎えしました。

全盲の弁護士・大胡田誠さん

 大胡田氏は筑波大学付属盲学校の中学部・高等部を卒業後、慶應義塾大学法学部を経て、慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院)へと進み、国内では3人目となる全盲の弁護士になりました。

 その活躍ぶりは俳優の松坂桃李さん主演でドラマにもなったほどです。

緑内障から数カ月で全盲になった小学生時代

初瀬 まず大胡田さんの障害についてお伺いしたいと思います。

大胡田 先天性の緑内障です。小学6年生くらいまでは弱視で、文字が読めるくらいには視力がありました。当時は外でもよく遊んでいましたが、6年生のときに急激に病気が進行したのです。春には0.1あった視力が夏休みには全盲になっていました。

初瀬 えっ、そんな急にですか! 小学生が数カ月でそれほど急に視力が落ちてしまうなんて……。

 僕も緑内障ですが、中心視野がすっぽり抜け落ちているという感じで、幸いにして全盲ではありません。大変なご経験をされたのですね。

 ところで目が見えている頃はどんな小学生だったのですか。

大胡田 本を読むのが好きで、インドア派ですね。でも、話すことも何かの会で発言するのも得意だったので学級委員をやったりしていました。クラスのまとめ役を自覚しているようなところがありました。

初瀬 その大胡田さんの眼が急に悪くなっていくのですが、どのような感じでしたか。

大胡田 日増しに霧が濃くなっていく感じでした。はじめは薄かったものがどんどん濃くなって、昨日は見えた看板が今日は霧の向こう側にいって霞んで見えなくなってしまった、という感じです。つい最近まで見えていたのに、それがあっという間に見えなくなってしまったのです。

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「障害と共に生きる~社会で活躍するチャレンジド」

著者

大元よしき(たいげん・よしき)

ライター

1962年東京生まれ。外資系IT企業からライターに転身。スポーツのほか、歴史関連も執筆中。著書に『あの負けがあってこそ』『命のバトン―自閉症児と個性派不登校児の教室』『1万回の体当たり―タックルマン石塚武生 炎のメッセージ』(以上ウェッジ)、『一緒に見上げた空』(扶桑社)。

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