世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2016年6月30日

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権力は俗人的なもの

 先進民主主義国の陥りやすい錯覚は、スーチーが政権を取ればミャンマーが西洋式の民主主義に大きく近づくと期待している点です。しかし、スーチーは現実のミャンマー社会と政治の中で活動しているのであり、その制約を受けます。ミャンマー社会における伝統的な考えは、権力は属人的なものであり、地位やポストに属するものではありません。建国の父アウンサンの娘ということを過剰なまでに意識しているスーチーが、その権力志向を強めたとしても何の不思議もありません。

 問題は、ミャンマー国軍との折り合いの付け方にあります。お互いの不信感は根強いので、実際の行動を通じ徐々に必要な信頼を醸成するしかありません。西側の基準に立てば、スーチーが妥協し過ぎと見えることもあるかもしれません。そこで米国は、軍をたたいてスーチーを側面支援する手段として制裁を残したのでしょうが、あまり意味はありません。米国一国だけではほとんど制裁の効果はありませんし、西側が一体となるには、そうなる状況が必要です。しかし、たとえそのような状況になっても、中国や他のアジア諸国の協力は続くでしょう。

 ここは、必要に応じ大胆に妥協をしながら、ミャンマー経済を発展させ、徐々に民主化の目標に近づくしかありません。今こそ、スーチーの「政治家」としての資質が問われています。

  
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