韓国の「読み方」

2017年5月1日

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澤田克己 (さわだ・かつみ)

毎日新聞記者、元ソウル支局長

1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15~18年論説委員(朝鮮半島担当)。18年4月から外信部長。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、『韓国新大統領 文在寅とは何者か』(17年、祥伝社)、『新版 北朝鮮入門』(17年、東洋経済新報社、礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著)など。訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。

テレビ討論で失速した安哲秀氏

 朴槿恵(パク・クネ)前大統領の罷免を受けた今回の大統領選は、もともと保守に強い逆風が吹いていた。さらに政権与党だった保守のセヌリ党が分裂したため、社会政策で進歩派的な色彩を一定程度共有する野党同士の戦いとなった。保守派にしても政経癒着や格差問題、財閥支配といった社会問題への取り組みが必要だということは認めざるをえない。

 結果として、実は、争点らしい争点は見当たらなかった。そうした中では対立候補へのネガティブ・キャンペーンが過熱しやすい。そして分断国家である韓国では今でも「アカ」というレッテル貼りが行われることがある。保守派は特に敏感だから、選挙の大勢に影響を与えるわけではなくても、北朝鮮との対話を重視する進歩派に「アカ」攻撃を加えることが少なくない。右派の集会では普段から、「アカをやっつけろ!」などと叫ぶ人を見て驚かされるのである。

 4月中旬から始まった主要5党の候補によるテレビ討論では、主として保守派の候補が違いを際立たせられるテーマとして北朝鮮情勢を取り上げた。いくら国民の危機意識が薄いといっても安全保障は重要なテーマだから、議論されるのは当然でもある。そこでは保守派の候補が、文在寅氏に過激な攻撃を仕掛けた。

 だが、テレビ討論でもっとも割を食ったのは安哲秀氏である。ソウル大医学部出身、ITベンチャーを起業して大成功という輝かしい経歴の持ち主なのだが、議論は苦手だったようだ。5人の候補が2時間や3時間にわたって議論を戦わせるテレビ討論では、精彩を欠いた受け答えばかりが人々の印象に残った。

 しかも、5人の中で安氏はもっとも難しい立場にあった。支持率の推移を見れば支持層の過半は「文在寅に勝てる候補だから安氏を支持する」という人々である。この人たちをきちんとつなぎ止めた上で、さらに票を上積みしなければ当選は難しい。

 文氏も票の上積みを図らないといけない点は同じだが、3割程度の基礎票を持っている点が違った。基礎票が1割あるかないかという安氏に比べれば、はるかに余裕がある。

 当選の可能性などない残り3人はもっと気楽である。朴前大統領への逆風を考えれば、保守派に勝ち目はない。保守派にとっては次期大統領選へ向けて体制を立て直すための選挙だから、身内を固めるために過激な発言をすればいい。3人それぞれに思惑は違うものの、思い切った発言をできるから歯切れの良い議論を展開した。

 その結果、4月下旬になると安氏の苦戦が伝えられるようになった。「4月25日の北朝鮮軍創建85周年記念日にも核実験が行われず、少し情勢が落ち着いたから」などという解説は、もちろんされていない。

 ちなみに主要5党とは、「共に民主党」と「国民の党」、セヌリ党を飛び出した穏健保守の「正しい政党」、セヌリ党から名称変更した「自由韓国党」、最左派の「正義党」である。大統領選の結果を受けて大々的な政界再編が起きるだろうから、次期大統領選の行われる5年後に残っている党があるかどうか不透明ではあるけれど、現時点ではそうなっている。

  
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筆者の新刊(2017年1月13日刊行)。礒﨑敦仁・慶応大准教授との共著で2010年に出版した「LIVE講義 北朝鮮入門」を全面改訂し、金正恩時代の北朝鮮像を描く。核・ミサイル開発などの最新データを収録。

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