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2018年5月31日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『銀盤の軌跡』(新潮社)などの著書もある。

(写真:AP/アフロ)

 今年のニューヨークでは、振付師ジェローム・ロビンスと、作曲家で指揮者のレオナルド・バーンスタインの2人の、ダブル生誕100周年記念で盛り上がっている。

 この2人の名前を聞いてあまりピンとこない人でも、ミュージカル「ウェストサイドストーリー」のオリジナルスコアの作曲家と、振付師のコンビと聞けば思い当たるのではないだろうか。

 当時は治安が悪かったマンハッタンのウェストサイドを舞台にした「ウェストサイドストーリー」は、元々現代版「ロミオとジュリエット」として、アーサー・ローレンツが執筆した本が元になっている。

 振付師のジェローム・ロビンスが、これをミュージカル化するアイディアをローレンツとバーンスタインに提案。歌詞は後にミュージカルの大御所となるスティーブン・ソンダイムが担当して、1957年にブロードウェイで上映された。これが大ヒットとなり、ロビンスはトニー賞を受賞した。

 そして1961年にはハリウッドで映画化されて、ナタリー・ウッド、ジョージ・チャキリスなどのスターが配役された。ロビンスは振付だけでなく監督としても制作に参加し、アカデミー賞を総なめにした。舞台のほうの「ウェストサイドストーリー」は、現在でもリバイバルで世界各地で上演され続けている。

指揮者として世界中のクラシックファンから
愛されたバーンスタイン

 作曲を担当したレオナルド・バーンスタインは、恐らく指揮者として記憶している人のほうが多いだろう。そのハンサムな容貌と、優雅な体の動きで、ヘルベルト・フォン・カラヤンと並ぶカリスマ指揮者として世界中のクラシックファンから愛された。

 元々マサチューセッツ生まれだが、彼は人生の大半をニューヨークですごしている。1958年から1969年までニューヨークフィルハーモニックの常任指揮者を務め、その後世界中で活動を展開したが、拠点はニューヨークに置いたままで、1990年に72歳で、ジョン・レノンも住んでいた有名な高級コンド、ダコタハウスの自宅で亡くなった。

 亡くなる3カ月前には、マイケル・ティルソン・トーマスと共同で札幌でパシフィックミュージアムフェスティバルを開始。また高松宮殿下記念世界文化賞を受賞するなど、日本との縁も深かった。

 バーンスタイン生誕100年記念イベントは、昨年の秋を封切にして、ニューヨークのみならず欧州、アジアなど世界各国で合計2000以上のコンサートなどが上映されている。

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