チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年9月10日

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小原凡司 (おはら・ぼんじ)

笹川平和財団 上席研究員

1963年生まれ。85年防衛大学校卒業、98年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。IHS Jane’s、東京財団研究員などを経て現職。

「反腐敗」をめぐる人民解放軍の思惑

 いずれの国でも、軍事衝突の危険が高まれば、軍の権威が高まる。しかし、人民解放軍の一部は、権威を高めるだけでなく、中国指導部が危機感を強める状況を利用して、習近平総書記の締め付けを緩和したいと考えているともいわれる。人民解放軍は、習近平総書記が展開する「反腐敗」の最大のターゲットになっているが、ひとたび軍事衝突が起これば、「反腐敗」など吹き飛んでしまうからだ。

 習近平指導部は、軍が台湾に対して軍事的圧力を高めるような行動をとっても、これに強く反対することはできない。台湾の独立志向を容認するかのような態度は、中国の権力闘争において、格好の攻撃の的になるからだ。しかし、軍事衝突をコントロールすることなど誰にもできないということを、「反腐敗」の回避だけを考える人民解放軍の一部は、理解しているだろうか。

 中国指導部は、必ずしも軍事力を行使して台湾を統一しようとしているわけではない。2018年8月16日、中国政府は、中国国内で半年以上生活し合法的に就労する台湾住民に対して、9月から中国国民と同等の公共サービスを提供する方針を発表した。一定の条件を満たす台湾住民が「居住証」を申請すれば、台湾籍を維持したまま、中国国内で教育、医療などの恩恵を受けることができ、鉄道の切符購入のような手続きも簡素化されるというものだ。

 加えて、米国の圧力に危機感を強める中国指導者たちは、「中国がいかに弱いかを、米国に理解してもらう」ことを考え始めているという。台湾問題でも、米国を挑発するなどもっての外だという訳だ。また、人民解放軍内には「反腐敗」を歓迎する軍人たちもいる。人民解放軍全てが腐敗している訳ではなく、以前から、高級将校が私腹を肥やすことにばかり熱心な状況に危機感を持つ将校たちも存在するのだ。彼らは、「反腐敗」を回避するための軍事行動などには賛成しないだろう。

日本の安全をも脅かす事態になりかねない

 それでも、台湾をめぐる状況が不透明なのは、米国と中国がどこまで相互に理解しているか不明であるからに他ならない。

 トランプ政権が、中国との交渉のカードとして台湾を支援していることが、中国の危機感を高め、台湾周辺の軍事的緊張を高めている。台湾が米国との安全保障協力を声高にアピールすることも、中国の危機感を強める一因になっているだろう。米国の圧力と中国の反発は、負のスパイラルに陥りかねない状況にあるのだ。

 さらに、中国の意志決定における思惑の違いが、台湾をめぐる状況を複雑化しているといえる。中国国内では、中国はあまりに大きく、個々の問題に対応した政策を採ることはできないと聞く。全ての問題に対して、同じ方針をとるということだ。こうした中国の政策決定の特徴が、柔軟性を欠き、的の外れた政策を生むという。

 台湾をめぐる状況は、多くの不確実な要素を内包したまま、緊張の度合いを高めている。台湾周辺で軍事衝突が起これば、日本の安全をも脅かす事態になりかねない。日本は、自国に対する攻撃を抑止するだけでなく、周辺で生起しうる事態に対処することも考えておかなければならない。
 

  
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