チャイナ・ウォッチャーの視点

2012年8月22日

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 情報に接するたびに無力感を強くするが、今月13日、またもやチベットで2人による焼身抗議があったと伝えられた。米国政府系のラジオ・フリー・アジアによると、焼身があったのは、現・四川省のンガバ・チベット族チャン族自治州。これまで本コラムで焼身について伝えた際、幾度か出てきた地名なので、ご記憶の向きもあろう。焼身した一人は僧侶、もう一人は俗人と見られる。さらに、2人の焼身を受け、チベット人住民と警察が衝突し1人が死亡したとも伝えられた。

 この2件をもって、2009年3月以降のチベットでは少なくとも48人が焼身抗議に及んだこととなる。日本人がテレビの前でロンドン五輪観戦を楽しんでいた間にも、チベットでは、女性を含む数人が「自由を」と叫んで生身を燃やしていたのだ。

 オリンピックということで思い起こせば、4年前の北京五輪の年には、チベット地域ではチベット人によるデモが中国当局によって弾圧される事件が頻発し(50数件あったと報告されている)、なかでも「ラサ騒乱」と呼ぶ弾圧事件は日本でも大きく報道された。たが、それでも当時はまだ、次々と人が焼身するというような事態には至っていなかった。

 この4年の悪い方向への変化を思うと虚しさが増すばかりだが、ロンドン五輪がらみではいいニュースもあった。チベット人として初めて、22歳の女性が銅メダリストとなったのである。中国代表として競歩に出場した彼女のレース中に、沿道ではチベット国旗が振られる光景もあった。五輪エリアでの政治活動はルール違反とはいうものの、これさえも咎めだてするほど五輪開催関係者も冷酷なルールの番人ではないはずだ。この件はあとで再び触れることとして、直近の焼身抗議の件をお伝えしたい。

焼身した46人のうち35人が死亡と伝えられた

 以前も書いたが、チベットでの焼身の件を伝えるに際し、「○人」とか、「○件」といった「数」をいうことには抵抗がある。ガソリンをかぶり、飲み、そして自らの生身に火を付けたチベット人一人ひとりには、皆違った名前があり、それぞれに家族や友人がいて、かけがえのない人生があったのだから。しかし、本稿ではあえて、「数」を列挙したい。われわれ日本人を含む国際社会が、チベットの状況を看過し続けていることが如何なることか、をあらためて問うために、である。

 13日の2人については未確認情報も多いため、その前週までの46人について見ると、このうち38人が男性、8人が女性。計35人が焼身後に死亡したと伝えられている。また、46人のうち8人が、相次ぐ焼身の「始まり」として伝えられた2009年3月の僧侶と同じ、ンガバにあるキルティ僧院の僧侶らである。完全に確認が取れてはいないが、ほかに9人がキルティ僧院の元僧侶だとの情報もある(2009年3月の経緯とキルティ僧院については本コラムのバックナンバー参照)。

 さらに、46人のうち26人の焼身が、キルティ僧院のある現・四川省のンガバ・チベット族・チャン族自治州で決行されている。あえて以前に書いたことの繰り返しとなるが、この焼身の起きた地域が、チベット問題そのもののポイントの一つを浮き彫りにしている。

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