チャイナ・ウォッチャーの視点

2014年10月7日

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城山英巳 (しろやま・ひでみ)

時事通信社外信部記者

1969年生まれ、慶應義塾大学文学部卒業後、時事通信社入社。社会部、外信部を経て2002年6月から07年10月まで中国総局(北京)特派員。 外信部を経て11年8月から2度目の北京特派員。11年、早稲田大学大学院修士課程修了。現地での中国取材は10年に及ぶ。16年5月に帰国し、現在外信部記者。近著に『中国 消し去られた記録〜北京特派員が見た大国の闇』(白水社)、著書に『中国臓器市場』(新潮社)、 『中国共産党「天皇工作」秘録』(文春新書、「第22回アジア・太平洋賞」特別賞受賞)、『中国人一億人電脳調査』(文春新書)がある。14年に戦後日中外交史スクープで13年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。

 文章の中でさらにこう訴えた。「ウイグル族の知識人として、私はウイグル社会と漢族社会の間の疑心と不信の巨大な亀裂が日増しに深刻化し、憎悪の感情が広がっていると深刻に感じている」

 文章によると、「ウイグルオンライン」を立ち上げたのも「沈黙の中での(ウイグル族・漢族の)疑念と憎悪が恐ろしい」と感じたからだ。またウルムチ騒乱後には、発生日の7月5日を「民族和解の日」と定め、「憎悪と疑念の堅い氷」を解かすため、夏休みを利用して2つの異なる民族の家庭でお互いに自分の子供を相手民族の家庭で生活させ、将来の世代で民族間の友情を深めることを計画したが、挫折を余儀なくされた。

 当局はイリハム氏を「国家分裂罪」で断罪したが、同氏が次のような発言をしていたことは、国家分裂を主張していなかった証左として弁護人も訴えたが、裁判所は受け入れなかった。

 「私はどこにも行かない。ウイグル人の問題は中国にあり、解決の方法も中国にある。私が投獄され、中国の刑務所で過ごした後、出所して以降もやはり中国にいてウイグル人の前途を探し求めるだろう。もし私が死んでたった1つの願いがあるとすれば、それはわが故郷で葬られることだ。この幸福があれば私はそれで十分だ」

過酷な処遇でも闘う姿勢衰えず

 イリハム氏の拘束後、弁護人の李方平氏がウルムチ市公安局に出向き、何度も接見を申請したが、認められなかった。

 接見が初めて認められたのは実に、拘束から5カ月超が経った6月26日。約5時間にわたり行われた接見で、李氏はイリハム氏から衝撃的な事実を打ち明けられた。

 「イスラム教徒用の食事が提供されず、拘束直後に10日間の絶食を余儀なくされた。3月1日からは10日間にわたり食事が出されなかった。そのため何回も意識を失った。体重は16キロも減少してしまった」

 3月1日には雲南省昆明駅で無差別殺傷事件が発生し、170人以上が死傷した。イリハム氏への食事提供拒否は、嫌がらせの可能性もある。

 そんな過酷な境遇に置かれてもイリハム氏の精神は強靭で、闘う姿勢も衰えていなかった。「私の発言や行動は、すべて国家、民族、漢族の共同利益を実現するためだ。自分のいかなる言行も分裂を支持しておらず、ただ新疆地域の自治が改善し、法治や民主化が進み、民族間の関係が安定することだけを望んでいる」。イリハム氏は接見した李氏にこう語った。

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