あの負けがあってこそ

2014年12月18日

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 「日本代表としてロンドン・パラリンピックでメダルを取りたかったです。でも個人的なことを言えば、あそこで、あの状態でメダルが取れたとしても自分の中ではどう感じたかな。疑問が残ったんじゃないかなとも思います」

 「怪我をする前からロンドンを終えて引退を考えていました。ですが、そのロンドンがベストでない状態ではやめられませんよ。自分としては納得がいかない状態でやめたくなかったのです。何よりも優先してきたことなので、このままでは終われない。もっとやりたいという思いが以前よりも強くなりました」

 「今回の『あの負け』ですが、怪我のことだけではありません。怪我をして、入院して、リハビリして、復帰して、ロンドンがあって、試合に負けて(結果4位)。この一連の流れが自分の『あの負け』に当てはまります」

 「それも今年(2014年)の世界選手権まではロンドンの延長のような感覚があったのですが、準決勝、3位決定戦にも出場し、完璧とは言えないけれど自分なりに納得のできるプレーができて、引きずってきたものがやっと終わったなと感じています」

リオを目指して走っていく

 日本代表はロンドン・パラリンピックの翌年からカナダ人コーチのアダム・フロスト氏を迎え体制が変わった。以来、トレーニング方法やメンタル面の強化、基礎的なスキルから戦略的なフォーメーションに至る全てが変わったと島川は言う。

 「それまではかなり感覚的にプレーしているようなところが多かったのですが、自分たちもよく戦略的なプレーを勉強するようになりましたし、教わったことをかみ砕いて自分なりに試してみた2年間でした」

 「カナダカップや世界選手権で3位や4位になるなど、順位としては変わっていないと思われるかもしれませんが、日本代表としては精神面から変わってきていて、ロンドンの頃よりも遥かに意識が高くなってきました」

 「その日本代表がまた来年新しい体制に変わります。どう変わるにしても、自分はもう少し先が見たいし、高いところを見たいと思っています」

 「リオ・パラリンピックでメダルを取るにはどうすればいいのか、チームとしても個人としてもしっかり考えていかなければなりません」

 「自分の競技歴はもうすぐ16年目に入ります。今年(2014)のジャパンパラ大会で『チームスポーツって楽しいな』と改めて思いました。ベストな状態でプレーできなかったロンドンがあって、より強くメダルが欲しいという気持ちになったのかな。長い競技歴の最後はやはりメダルですよね。柱になるには頼りないですけど、リオを目指して走りたいと思っています」

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