したたか者の流儀

2016年5月13日

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パスカル・ヤン (Pascal Yan)

著述家

著述家。ルーヴァン・カトリック大学大学院中退(ベルギー)。証券マンとして25年間、欧州を中心に海外で過ごす。現在の職業は都内大学教授。

 

 架空や、不在のベルギー人ではなく、実在の話をしよう。30年も前のことなので、真偽のほどはいささか不安がある、ベルギーらしいのでひとこと。当時の厚生省に、

 「ベルギー王国ワーローニア厚生大臣だが、貴国の大臣にお目にかかりたい」

 という公電が入った。もちろん、事務方は調整のうえ、大過なく会談を終えた。手土産のバルサンベールの花瓶も大臣執務室に置かれることとなった。その後半年ほどして、ベルギー王国フランダース厚生大臣が、やはりジャポニカの厚生大臣との面談を求めてきた。

1年で3回、ベルギーの厚生大臣が来日

 いぶかしく思いながらも、大臣は、過去をすっかり忘れ、秘書官も別の人物になっているため会談は無事終了し、土産のレース編みは素晴らしく、例の花瓶の下にうまく収まった。その後、3カ月して、正式のルートからベルギー王国厚生大臣から面会の要求が届いたのだ。

 大臣も秘書官もわずか90日前のことなので、よく覚えている。レース網の土産をもって確かにベルギーから大臣がやってきた。名刺にMINISTERと出ている。よもや偽物ではないであろう。たとえ偽物であっても天気の話と、日本のビールの味についての話しかしていないので、問題はないが、少し心配になってきた。

 外務省を通じて正式に調査すると、今回の厚生大臣がベルギー王国の正式の厚生大臣だということが判明。国際プロトコール上も問題なく会談は無事終了。国際機関などへの日本人スタッフ派遣問題など、踏み込んで話が進んだ。
分析好きの当時の大臣が、秘書官に銘じて顛末を調べさせたところ、ベルギー王国には厚生大臣を名乗れる人は5人いることが判明。残りの2人にはもう会わないことを決めた。

 すなわち、ベルギー王国、オランダ語地区、フランス語地区、ドイツ語地区、ブリュッセル地区にそれぞれ厚生大臣がいたのだ。ほかの役所も含めると、何人の大臣がいるのか見当もつかない。150人から200人程度いるのではないかと聞いた。

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