サイバー空間の権力論

2016年9月30日

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塚越健司 (つかごし・けんじ)

拓殖大学非常勤講師

1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

現実空間を複雑にするポケモンGO

 すでに詳細を知る読者も多いことから、本稿はポケモンGOの基本的な説明を省き、ポケモンGOが社会にもたらしつつある潜在的な影響について述べていく。それを一言で言えば、「空間の個人化」が進行することである。

 空間と情報技術の関係を考えてみよう。我々は現実の目の前にいる相手とコミュニケーションをしながら、同時にSNSという情報空間を通して相手とやりとりをしている(例えば飲み会で話しながら別のグループとLINEすることを想像してほしい)。この場合、目の前の相手とSNS=情報空間にいる相手は重要度において同等であるか、ひょっとしたら目の前の飲み相手よりもSNSの友人の方が重要な場合もあるだろう。すると、現実空間も情報空間も、我々にとっては両方同じ「現実」を構成していることになる。

 こうした考えは、社会学者の鈴木健介氏が数年前から指摘していることだ。鈴木は現実空間に空いた穴に情報空間(SNSなど)が侵入し、現実が多様性することを「多孔化」と呼ぶ。現代における「現実空間」とは、多くの情報空間が現実空間の中に複雑に入り乱れた空間である。さらに鈴木はポケモンGOのリリース直後に自身のブログで情報技術と空間の関係に言及し、今後はますます「情報空間の争奪戦」がはじまると述べている。どういうことだろうか。

公共空間と個人空間
重視されるべきはどちらか

 目の前の他者よりSNS先の友人を優先させるということは、SNSの情報空間が目の前に広がる現実空間よりも重要であるということだ。ということは、ポケモンのいる空間が現実空間より重要だと思う人が現れるのは当然だろう。だがポケモンのいる空間は現実空間と強くリンクされているが故に、様々なトラブルが生じる。

 例えば、ポケモンGOに夢中になったために軍事基地に不法侵入してしまった人が拘束される事件がインドネシアで生じた。こうした事例は後を絶たないため、戦争資料館や宗教施設のような公共空間にポケモンが現れない配慮をポケモンGOの開発元に求める動きもあり、今後は求めに応じて公共空間におけるポケモンの出現に関しては一定の規制やルールが定められるだろう。そしてこうした動きはポケモンGOに限らず、位置情報を利用したARゲームに共通するルールになるだろう。

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