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2019年3月20日

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李 智雄 (り・ちうん)

三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミスト

1976 年韓国生まれ。東京大学経済学部卒業、ボストン大学大学院修士課程修了。経済学博士。韓国陸軍士官学校陸軍中尉・専任講師、東京大学客員准教授、国際大学講師、ゴールドマンサックス東京・ソウルを経て、2014年から現職。著書に『故事成語で読み解く中国経済』(日経BP 社)。

中国が手にしたいドルの持つ「法外な特権」

 それではなぜ中国は人民元の国際化を目指すのであろうか。端的にいうと「基軸通貨」になれば、経済的利益につながり儲(もう)かるからである。米国という基軸通貨国の持つ強力な利得に「法外な特権(exorbitant privilege)」と呼ばれるものがあり、これは基軸通貨の通貨発行権、あるいはそれを利用した収益を指す。例えば、米国は1980年代末から債務国化し、世界最大の債務国であるにも関(かか)わらず、低金利で調達した資金をリスク性資産に投資することで、正の超過収益を得ていることなどに表れている。

 実際、セントルイス連邦準備銀行が運営する経済統計データサイト(FRED)によると、GDP比率で39・6%(17年)もの対外純「負債」残高から得ている第1次所得バランスは、名目GDPのプラス1・13%にも達する巨額なものである。米国からすれば、この「法外な特権」を脅かすいかなる通貨も許容できない。一方で、中国はこの「法外な特権」を手中に収めたい、というわけだ。

 それ以外にも、為替に伴う取引コスト低減、為替ヘッジリスク軽減などがある。基軸通貨国の企業は、為替リスクを大きく気にする必要がないことを考えればよりわかりやすいだろう。現在の世界では、米国企業は多くの取引がドルで完結するため、為替リスクを気にする必要はほとんどない。

 だが人民元は、基軸通貨はおろか、国際取引通貨にも一朝一夕でなれるものではない。おそらく中国はこれから短期、中期、長期で三つの課題に直面するだろう。短期的な課題は、一言でいえば「人民元安への対処」であろう。

 一般的に、景気の減速への一つの対策は金融緩和であり、それは通貨の減価をもたらすことが多い。行き過ぎた減価は、資本流出などを通じて、さらに減価をもたらすという悪循環に陥る。ただ短期的には通貨の減価は輸出にとってプラスとなることもある。経済が減速した際、中国は金融緩和によって、自国通貨の減価という毒にも薬にもなりうる動きに直面することになる。15年に急激に進んだ人民元安、いわゆる「チャイナショック」の一連の動きがまさしくこの過程だった。

 中期的には、貿易拡大に伴う為替リスク増大にどう対処すべきか、という課題がある。基軸通貨は流動性が増す分、通貨価値の抑制はより難しくなる。通貨の安定化が難しいとなれば、通貨が安定しなくとも対処しうる耐性を、例えば外貨準備の積み増しや堅調な経済などを通じてつける必要がある。

 長期的には、「人民元の価値の維持」が課題となろう。基軸通貨のドルを持つ米国は、過去、金との兌換(だかん)を停止するという1971年のニクソンショックによってその通貨の価値がいったんは大きく落ち込んだ。しかしその後の累積的な貿易赤字にもかかわらず、実質貿易加重ベースのドル指数はその価値が毀損(きそん)され続けることはなかった。中国経済は中長期的な所得の上昇に伴い、純輸出国から純輸入国に転じる可能性が高いが、その中でも通貨の価値はある程度保たれなければならない。

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